64 誤算!?――③
「魔王とここで戦う意味が……意味を為さない」
頭に描いていた絵を破り捨てる。
歯痒さに強く拳を握っていると、矛のような柄の長さを持つ武器、ハルバードが真上に向かって立つ。
「とにかく、この城に四体以上は確実にいるってことだな」
そう口を動かせば、マサさんは手にする鉄棒の柄尻をドンと強く叩きつけ周りに注視させた。
「野郎ども、魔王は四体いる。あそこの二体とは別にもう二体だ。既に気合は十分だろう。気持ちを切り替えろなんて言わねえ。更に気持ちを高めてくれ。そして、自分の力を、仲間を信じて歯を食いしばってくれっ」
隊長の激に速やかな反応はなかった。
けれども、集まる冒険者達がぽつり、またぽつりと武器を掲げる。
誰かの声は『とにかく目の前の魔王だっ』と言った。
別の誰かが『後二体残ってんだ、さっさと終わらせねーとなっ』と声を張った。
あとは連鎖的に誰もが大声を上げ発奮する。
俺達を包み込む熱は、加速的に高くなった――その時だ。明らかな狼狽が見える場違いな声がマサさんを呼んだ。
「どうしたっ」
「マサ隊長っ、あれを! あれを!」
男が指差す方を俺も確認する。
扉だった。
”赤”の扉だった。そして、動いていた。
外へと左右の重い扉をズズズと押し出していた。
中央に生まれた縦線が隙間になり、みるみる広がってゆく。
誰もがごくりと唾を飲み、眼を釘付けにして見守るそこには期待を裏切らない者の影が悠然と映し出される。
「心構えがあった分、胃袋は吐かなかったがムカっ腹が最高だぜ。常にこっちの出鼻を挫くじゃねーか、くそ魔王がっ」
近くで俺が愚痴を聞いていると、三体目の魔王が大広間に侵入してくる。
「マサ隊長っ」
「乙甲の二班は”黒”金の扉前っ。元からいた魔王との戦闘へ走れっ。丙班は俺と一緒にこっちの魔王と戦う。囲まれ挟まれる事態だけは絶対にあっちゃならねえっ。倒さなくていいっ、魔王をその場に釘付けにすることだけに専念しろっ」
「マサさん、こいつ俺が引き受けるから――」
額の宝石が何色だったかなんて覚えてもいないが、この赤の魔王はミロクと一緒に床の底へと落ちた奴のように思えた……。
古代魔道士の杖を構え神の名を呼ぶ。ジェイミーコール。
「魔法使いの兄ちゃん。兄ちゃんはこっちはじゃなくカレンちゃんのところへ走れ。今一番辛く加勢を望んでいるのは向こうの方だ」
「でもマサさん。こっちもこの少人数じゃ」
待機していた三十人の内、半数以上はさっきの指示でカレンの方に回った。
贔屓目に見ても圧倒的な戦力不足だ。
「――マサ隊長っ。マサ隊長おおおっ」
突発的な後方からの叫びだった。
あまりの切羽詰まった仲間の呼び声に、俺もマサさんも声の方へ首を回す。
「扉がああ。緑色の扉もおおお、動きいてますっ。動き出しています!!!」
ガンと音を立て、ハルバードの先の刃が床面に刺さる。
そして派手な舌打ちが鳴る。
「ふざけんなよ、ドチクショーめがっ」
マサさんの脳裏には四体目の魔王、『最後の魔王』が過ぎったんだろう。
けど、それはないはずなんだよマサさん。
相手が狡猾なら高確率でそれはない。
赤の扉から三体目が現れた以上、もう打ち止めだ。
素直に喜べないが――今開こうとしている緑の扉の先に魔王はいない。
「みんなっ、今開き始めた扉へ向かって走れっ」
「おい、兄ちゃん!?」
「大丈夫だマサさん。四体目がここに現れ――」
「マサ隊長っ」
目まぐるしく飛び交う隊長を呼ぶ声。
発されたのは間近、丙班から――。
「あの構え、刻印っ、『黄泉の刻印』っ」
身構える仲間の視線を辿る。
新しく登場した三体目の魔王の腕が絡み合っていた。
上下段の四本全部の腕を、互い違いに組ませ印を結んでいる。
『Фиолетовый――』
刹那の光の揺らめきと煌めき。
波状で広がった閃光が俺達と俺達が見る世界を紫色に染め、そして過ぎ去った。
俺は『黄泉の刻印』の攻撃を食らった。
条件反射でライフゲージをまず捉えていた。
残量に変化はない。
それから頬を撫でた。
指先では確認できない。
俺の顔をのぞくマサさんに気づく。
その顔には、さっきまでなかったはずの紫の刻印がある。
――なら俺は、俺の顔は今どうなっている!?




