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63 誤算!?――②


 分散したデカルト隊の集合場所である『狭間の大広間』。

 そこにあった魔王の彫像が、魔王として突如動き出した。

 魔王を形取る彫像なんてあからさま過ぎるのに――とも思うが、ここは魔王の城であり城主の像を不自然とは言い難い。


 ルーヴァが以前の討伐でここを通った時は、こんな物は無かったような気がするにゃーと不審がってはいたそうだが、彫像だけになんの反応もなく、それよりも直面した『玉座の間』への扉が閉ざされていたことの方が重大で、みなはその対応と対策に意識を注いだ。

 扉の案件でも、そもそも扉自体が無かったにゃーと獣人からの報告はあったようだ。


 進行してくる敵集団の中腹に、まんまと潜む魔王の彫像。

 奇襲を成功させた魔王からの挨拶は、広範囲の波状で襲う『黄泉の刻印』。

 予期せぬ魔王出現に、初めて経験する永遠の死がある戦い。

 大混乱が容易く目に浮かぶ。


 ライアスは隊全体の連携や役割が機能不全に陥り、回復の援護が受けられない状況下だったと言った。

 死への恐れはライフゲージの回復を敏感にさせる。

 だから過剰に回復薬を使い、早々に何もできない状態になったようだ。

 攻撃を受けられない戦士は敵と距離を置くしかない。味方を援護するすべを持たない戦士は立ち尽くすしかない。

 ライアスは自身の不甲斐なさに、隊長からの退場命令に従うしかなかった。


「――やっと隊の統制が図れるようになって、俺が戦えない刻印持ちへ撤退指示を下してすぐ、あっちの、丁度兄ちゃんが入って来た青金のふちの扉が動き出した。遅れて向こうの緑金の扉だったな」


 マサさんは広間の四方にある扉を、縁に沿ってあしらわれた線の色で区別する。

 確かに違いのある部分は色くらいなものだ。

 『玉座の間』へ繋がる”黒”を北とするなら、”青”は南、”緑”は東、”赤”が西の方角になる。


「俺達を閉じ込めようとしていると気づいた時には、もうそっちの赤金しか開いてなくてよ。全員に駆け込むよう指示を出した途端、その向かう場所から現れやがった、二体目の魔王が。混乱に次ぐ混乱よ」


「二体目魔王の出現後、赤と金の縁の扉は閉じてしまい、ボク達はここでの戦いを余儀なくされてしまいました」


 思い出したくないとフルフル頭を振るマサさんの言葉を繋いだのは、ボクっ子少女アッキーだった。

 

「隊長さん、こちらの準備は整いました。丙、乙、甲の三班編制できてます」


 報告後、今は紫の印を刻む素朴な顔を俺へ向け直す。

 サーシャを肩車して肩に乗せる少女の頭には、赤髪をくしゃっと握る小さな手が添えられていた。


「アッキーも大変だな……」


「『黄泉の刻印』は即死攻撃ではありませんし、ボクには回復スキルがありますからそうでもないです」


 無邪気な微笑みが返ってきたので口にはしないけど、”大変”はサーシャの子守りへの同情だったりする。

 アッキーから一段上へ。


「バカと煙は高いところがってよく聞くけどさ……」


 居心地がいいのか、こちらは間抜けな笑みを浮かべている。


「何か言ったか? ちなみにじゃが、魔道士イッサ。魔王は三つ子ではなく四つ子じゃぞ」


 間が抜けたようだった。

 聞き直しなど必要としないサーシャのはっきりとした言葉に、すっぽりと数瞬の時間が抜け落ちた。


「はあ!???」


 俺の声はマサさんのめくれさせたままだった下唇を戻し、ルーヴァの屈伸途中で曲がったままだった膝を伸ばさせた。


「おいおいおい――どういうこった、巫女の嬢ちゃんっ」


「ルーヴァの耳は作り物だけど、ちゃんと聞こえた」


「サーシャ、本気かっ。それ冗談とかじゃなくて本気の話かっ。嘘だろ、なあ、嘘だろっ」


 詰め寄る食って掛かるっ。


「うお、うお、なんじゃなんじゃ、いきなりいぷっ」


「おいっ、サーシャ!」


 ガシっと握るサーシャを力任せに引き寄せる。


「嘘ではない。ただあれじゃな。元は一体で、妾の力を欲する際に分裂して黒魔王、赤魔王、青魔王、緑魔王になっておったから四つ子とは違うかも知れん」


 分裂だと!?


「色分けはそっくりなあやつらをよく見てみると額に宝石があっての、妾がその色がぶはっ」


「分裂ってなんだっ。魔王って分裂とかできんのかよ!?」


「ぎおお、落ち着くのじゃぶ」


「いや違うっ。事実二体いるしそこじゃない。どれくらいだっ、どれぐらいまで分裂できる!? 十体とかか――それに、まさか分裂したやつが更に分裂とかできたりしないよな!?」


 そうなれば、ほとんど無限増殖だろ。最悪どころの話ではない。地獄だ。


「イッサさん。それはないと思います。最大数は四つです」


 みぞおち辺りからくぐもった声。

 俺の手からサーシャが解放されれば、巻き添えを食らったアッキーが姿勢を正す。

 

「ボクがそう思うのは、仮に幾らでも分裂できるなら、この世界はもう魔王の世になっていてもおかしくないです。こうしてボク達が黒き城に来るまでもなく、人間側は全滅でしょうね」


「それは言えてる……な」


「赤毛の嬢ちゃん。『分裂』は魔王が上限を超えて手にした新しいスキルかも知れねえ」


 マサさんが言う。


「サーシャさんの話だと、レベル上限を上げる前に四つに分かれたようなので、元々から備わっていた能力スキルもしくは体質だと考えられます」


「だったら、余計に分からないにゃ。今更『分裂』とかセコイ真似するんじゃないのにゃ、ルーヴァのイライラが止まらないのにゃ」


「前回の討伐より身体も少し小さくなっているように思えますし、やっぱり『分裂』って、何かデメリットがあるんじゃないかな。逆にメリットもあるからボクの推測は成り立つんだけどね」


「推測ってなんだ?」


 訪ねにアッキーはルーヴァから俺へ体を半回転。


「勘、と言ってもいいくらいのものなんですけれど……」


「案ずるな。乙女の勘ほど、確かなものはないのじゃ」


「あはは……では不確実性が高まりますね」


 上からのアドバイスにアッキーが困り顔になる。


「サーシャ邪魔すんな。アッキー続けて」


「ええと、魔王も上限が上がる、イコールレベルが上がるではないと思います。サーシャさんをきっかけにした『分裂』を考えていたら、ボクは経験値に思い至ったんです。ボクらだと、例えばボクが得た経験値は同じパーティのイッサさんにも加算されますよね」


「なるほど……だから、最大数が四つってことか」


「はい、そう考えられます。数が多ければ多いほど、最も分裂によるメリットが活かせますから」


「二人だけで頷き合ってても、わからにゃいのにゃ」


 ルーヴァが口を尖らす。


「魔王の『分裂』は、俺達パーティのシステムを再現した結果なんじゃないのかって話。早く強くなる必要性もあったろうし、より経験値を効率良く稼ぐ――」


「それは理解してるにゃ。ルーヴァが知りたいのは、なんで四体以上分裂しないかにゃ。パーティだといっぱい仲間がいた方がお得。魔王もいっぱい分裂した方がお得にゃ」


「デメリット部分を度外視なんだけどさ、魔王が最も必要とする経験値の効率を四倍で止めるってことは、裏を返せばもう増やせない、『分裂』できない可能性が高いだろうって考察になるんだよ」


 もうこれ以上の最悪を考えたくないから曇りまくっている結論だけど……四体、他にあと二体の魔王がいるってことか。

 誤算だ。とことん誤算だ。

 数もそうだが――、


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