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62/81

62 誤算!?――①



 外ほどの明るさを保つ白っぽい空間。

 装飾品で溢れかえっていた印象は受けないが、浮き彫りなどが残る周囲から嫌ではない厳かな雰囲気はあったように思える。


 少し前までは、あちこちにある焼け焦げなどのくすみのなく、かなり全体の見栄えも良かったことだろう。

 しかし、今の『狭間の大広間』は荒れ続ける戦いの場でしかない。


 角のない緩やかな丸みを帯びる壁には、四つの出入り口が繋がる。

 おおよそ円を等分割した位置になるか。

 同じ造りのアーチを描く大きな扉は、どれもしっかり閉じている。

 それらの脇には飾り立てるような石柱が建つ。いや、建っていた。

 繰り広げられた戦闘で、ほとんどが見るも無残に折れたり破壊されている。


 また、一つで――それこそ床と呼べる面を持つ正方形の石が、綺麗に敷き詰められていたはずの床面はデコボコとあちこちで波打ち、酷い箇所だと四角い塊として完全に隆起している物もあった。

 物陰となり得るそこは、広範のバトルフィールドに於いて身を寄せる場所として使われる。

 つまり臨時の避難場所。

 ここには戦闘を行えない者や回復を望む者が集まり、今俺はその集団に混ざる。

 

 俺は元床石の防壁から、体を回し首をぐいっと伸ばす。

 しかめっ面でのぞき見る戦闘の激震地は、大気を絶えず震えさせるもので、同時に二つ存在する魔王相手の戦いは交差し合うくらいに隣接する。


 捉える視界の中には、長い髪を乱す白い騎士装束の姿もあるが、焦点は味方ではなく敵へと合わせた。

 魔王の体格が人間のそれと比べれば、二回りも差がないことに客観的に見て気づく。

 大きな図体に違いない。でも、ミノタウロスと似たようなものだと思えば、初めて遭遇した時感じたものよりも小さい。


 それはそれとして。

 俺は目と首を右から左、左から右へ――を繰り返す。

 渦巻く角を二本を持ち、四本の腕を振るう獣のような体躯はそっくり。扱う武器も一緒で、上段右手にサーベル、逆の手にロッド。

 下段の両手で印を組み魔法系の攻撃を行う仕草も一緒。ここからじゃ判断できないが、顔の細部まできっと瓜二つだろうな。

 どっちがフェイクとか、これっぽっちも疑う気持ちが湧かないほどに双方魔王だ。

 そんな双子魔王の一人に対する味方の頭数は十未満……。

 

「カレレのことが、心配かにゃね」


「全開で心配さ。でも全力で大丈夫だと信じているから、状況を確認してただけ」


 聞き覚えのある猫の問いに答えてから体勢を戻す。


「この後、俺達があそこへ行って頑張っているカレン達と交替しなきゃだし、待っている間もやれることはあるから……て、レベル上げて、それなんだよな」


 口を開きながらに隣のルーヴァを見てみれば、頬に紫のラインを入れたままだった。


「にゃははは……。ルーヴァもアッキーも刻印は消えなかったにゃーね……」


 猫耳がしゅんとなりそうな結果を聞かされた直後、傍らでどしりと人の座る気配。


「回復手段がジリ貧で困ってたところだ。お陰で助かった。礼を言う」


 胡座あぐらを掻く隊長のマサさんが、むっくりした上体を折った。

 高難易度の敵との戦闘は”回復手段”が尽きやすい。

 俺はここへ、その手段の一つを連れて来ていた。


 サーシャである。


 本人は妾の歌を回復薬扱いされてたまるかと駄々をこねていたが、レベルアップ時の全回復を上限以上の者が行うには、サーシャの歌が必要だった。


「マサさんのおだてが効いたみたいっすね」


 今回の最重要度ミッション魔王討伐戦が終われば、『戦場の歌姫』として世界中で語り継がれるだろう――とかのマサさんの持ち上げで歌姫は快く演歌を歌い、この場にいる三十名近くの冒険者のHPやSPゲージの回復が可能となった。


「今の胃が痛い状況が楽になるなら、ヨイショだけじゃなく土下座でもなんでも幾らでもやってやらあな」


 がはは、と笑うマサさんであるが、状況であり戦況は至って芳しくない。カラ元気もいいところだった。

 けど、笑えるだけこの熊みたいなおっさんは心も強い。


「俺は顔を強張こわばらせるばかりだもんなあ……」


 周りに目を配る。

 回復した集まりにもかかわらず、ここには疲れが蔓延している。

 蓄積される疲労は、ゲージのように一瞬でリフレッシュされない。


 対魔王戦は確実な長期戦となっていた。

 本来、魔物側は耐性スキルは持っていても体力の回復系スキルは持たないってのが定説だったはずなのだが、レベルを更新した魔王はそれを覆すスキルを覚えたとのこと。


 あと、そんな新しい力を手に入れた様子の魔王の能力なのか影響なのか定かではないが、俺が通ってきた穴が自動修復され塞がる。

 俺の驚きに薄いリアクションだったマサさんは、『壊せる奴がもういない』とだけ。

 既に内側から破壊を試み、二度ほど離脱者を退避させていたようだ。

 

 前向きに考えれば魔王を倒すのが目的で、対象も一緒になって閉じ込められているのだから問題ない。

 そう、問題ないのだ――けど、倒す以外退路が絶たれているともとれる現状は地味にプレッシャーである。


 んで、その倒すべき厄介な敵が倍になってんだから、笑えないよなって話だ。

 俺、笑えない話って嫌い。


「マサさん……双子に見せかけて、実は三つ子とかないよね?」


「そうなら、おりゃあ胃袋ごと吐くだろうな。魔法使いの兄ちゃんには結果だったろうが、残っている連中は”まさかの二体目が現れやがった”を体験してんだ。一生分は驚いた。そんなもんはもう要らん」


「魔王には驚かせられっぱしにゃね。始めは置物に化けてて、みんなパニニクにゃ」


「折角、猫の嬢ちゃんが教えてくれたのにな。面目ね……」


 マサさんは周りに指示を出しながら、ルーヴァは四肢を伸ばしたりストレッチをしながら会話する。

 二人が話す内容はライアスから聞いていたものだった――――。



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