60 それでも行くんだな?
『狭間の大広間』まで、あと少しらしい通路の一角。
一つ一つが大きい石材がぎっしりと隙間なく積まれた分厚そうな石の壁、硬い石の床に高い天井。
物陰もない殺風景なこの場所で、端に身を寄せて少しでも身を隠そうとする俺とライアスとの話は続いていた。
聞けば、ライアスの退避には俺達デカルト隊の隊長マサさんの指示があったようだ。
無理矢理にでも引かされたってことで、ライアスの傷つく自尊心への足しになるかも――と思いはしたが、せっかく収まりつつある火に油を注ぐ気がしたので控えた。
時間的猶予もない状況だし、確認したいことだけを尋ねないとな。
「ライアスの顔にある紫の線が『黄泉の刻印』なんだな」
「あの盗賊の参謀が言うにはな。この印が刻まれた奴は教会送りにはならずに、あの世に逝っちまうって話だ」
腰を下ろし壁に寄り掛かるライアスの口からは、悔しさがにじみ出る語気とともに言葉が吐かれる。
んで、やっぱりだが何してんだよ的な目で見上げられた。
「テメエはよお、昔っからそうだよな。アナライズするなら一言言え。気持ちのいい感触じゃねーんだからよお」
「あはは、わりーわりー。けど状態異常のステータスを確認する分にはどこも異常は」
「毒でも麻痺や石化でもなんでもないんだ。状態異常とは違うんだろ」
「そうだよな……」
魔王だけが使うスキル『黄泉の刻印』。
確率で刻印が体に刻まれるらしいこのスキルの効力は、俺達冒険者へ完全な死を迎えさせる。
ただ、たとえ刻印持ちでもライアスのように殺される前に退避できれば、一先ずは安全とも考えられるスキルではある。
あと、確証がないのでなんともだが、もしかしたら『黄泉の刻印』ってやつは魔王城内では発動しないんじゃないかと俺は思ってしまった。
正確には”『狭間の大広間』を除く魔王の城では”だな。
「何を考えている」
ライアスの問いに心底苦い笑いを作って返す。
「いやさ、魔王も本気で俺達冒険者の息の根を止めようとしてんだなーってさ」
「『狭間の大広間』に魔王が現れたことか。確かに奇襲されて後手に回るハメになっちまったぜ。ただでさえ、大広間でモンスターから襲われることはないと聞いていたからな。ちっ、迂闊だったとしか言いようがねえ……」
「油断しているところへまさかってのもあるだろうけどさ、『狭間の大広間』って普通なんだろ?」
例えば、ライフが尽きた場合の俺達は教会送りにされるわけだが、この黒き城では世界のどこかへ転送される。
下手をしたら……モンスターもそうなのかも知れない。
通常とは違う力が働く城内部。
カレン曰く摂理が乱れるここで、唯一の正常な空間が『狭間の大広間』と聞く。
つまり、普通の場所ってことだ。
たぶんその場所では、俺達は死んでも教会や聖なる祠へ。モンスターは通常通り魔監獄へ。
この都合の良さと悪さがあるから、モンスター達は大広間に踏み入らないのだろう。
けれども、魔王は違った。
ゆえに、摂理の乱れが魔監獄送りの回避策になっていると考える俺はこの行為の理由を考えてしまう。
「ライアス、たぶん普通……正しく世界の摂理が働くからこそ、『黄泉の刻印』で俺達冒険者を正しくあの世とやらに送れるんだろうな」
「ん……魔王はあの大広間でしか『黄泉の刻印』を使えない。そう言いたいのか?」
「魔王城の中では……だろうな。憶測の域を出ないけどさ。なんせ外での話はベルニ隊のしか知らねーから」
けど、もし魔王が俺達冒険者を俺達が思う以上に脅威として認識していたら魔王の行動は理解できるし、俺の憶測が信憑性を帯びる。
魔王が直接『狭間の大広間』で冒険者を襲うことは相当のリスクだ。
俺達のように定められたところへ送られることなく、世界のどこかかへ転移されるのかどうかは知る由もない。
しかし、知るところでは正常なこの世界の理なら……彼の者も魔監獄送りになる。
大広間にはリスクがある。
だからこそ、魔王の覚悟と確信を感じる。
それを後押ししたのが、人間側であるサーシャのレベル上限突破の力なのだから皮肉なものだが、自身を倒そうとする冒険者を根絶やしにしようと、腹をくくった決意。
魔王のリスクの先には、今後最も脅威になっただろう上限者及び上限突破者の消滅がある。
一網打尽とも言える好機がそこにある。
これは魔族の王たる者の未来には、すこぶる魅力的ではないだろうか。
たとえ、こちら側にとっても望ましい場所へ出向くことになろうとも……。
「なにはともあれ、『黄泉の刻印』には注意しないとな」
懐をごそごそとやってから、ライアスの側へ屈む。
そして、取り出していたポーションを床へ置く。
「お前瀕死だろ。良かったら使えよ」
ありがとうなんて返事はライアスからは期待できないので、一方的に終了。
んで、妾は腹が減ったのじゃと、永遠ガサゴソ道具箱を漁っていたサーシャの元へ寄り、その首根っこを押さえる。
「いい加減諦めろ。さっき薬草食ったからいいじゃねーか。それより早く道具箱背負え。さくっと行くぞ」
「行くぞとは、『狭間の大広間』へか?」
「当たり前だろ。他にどこに行くんだよ」
「お主、そこの戦士の話をちゃんと聞いておったのか。今『狭間の大広間』には魔王がおるのじゃろ。なぜ妾が妾を捕まえた者のところへわざわざ行かねばならんのじゃ。お主バカじゃな、本当にうつけじゃな」
「……イッサ」
イラつく巫女へ暴言を浴びせてやろうとした時、ライアスが俺を呼んだ。
いつの間にか立ち上がっていた戦士へ向き直る。
「お前、本当に行くつもりなのか」
「皆戦っているだろうし、仲間の力にならないと。それに大広間で魔王を倒せる機会を逃せない」
この城内で魔王を魔監獄送りにしようと思うなら、『狭間の大広間』しかない。
「お前如きが行ってもよ……と言いたいが、俺にんな言葉を吐く資格はないよな。はは……惨めなもんだぜ」
「ライアス……」
「つまらねえ顔をこっちに向けんな。おら、行くぞ。ついて来い」
双刃の戦斧が床をこすり重々しい金属音を立てると、戦士の肩の上に担がれた。
「お前、来るのかよ!?」
「……入り口までな。貧弱な魔法使いにはどうにもできないだろうからよお」
そう背中で言って、先をすたすた行くライアスを俺が追えば、
「待て待て、待つのじゃっ。妾一人をこんなところに放置するでない。か弱い妾を。この人でなし者どもめ。ぬお、足が痛いのじゃ。魔道士イッサ。妾のふにふにの足が痛いのじゃ」
ぺちぺち足音が近づいてきたので、俺は急ぎ『狭間の大広間』を目指すのだった。




