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56 ガチで迫る脅威なんですけれど!?

 無駄だと分かっていても、部屋中の動かせる物を扉の前に置いた。

 んで、そこから遠ざかろうとあたふた駆けたが、すぐにどん突きの強固な石壁。

 上を見ても下を見ても出口になりそうな部分はない。

 

「ヤベえ……」


 自分で吐いた台詞の危機が増す。

 凝視する扉が……溶け始めていた。

 じわりじわりと広がる穴。

 比例して徐々に姿を現す魔王。


「どうするどうする!? どーすんだよっ、サーシャ」


「どうもせん。魔王は妾を連れだそうとしたお主を退治しようとしているだけじゃ。妾は大人しくお主の冥福を祈るだけじゃな。一応、巫女であるからの」


 他人事のちびっ子に嫌悪している最中、威風堂々な趣で異形の影が部屋と侵入してくる。

 魔王がデカいとか、そんな理由なのかよく分からないが、狭苦しくそして息苦しくなる長方形の空間である。


「ぬにゃろっ。やってやらあっ」


 手に持つ杖の先は前方へ。

 背負う道具箱は押し潰されんばかりに後ろの壁へ。

 そんな状態で俺は”神への祈り”を捧げる。

 本当にどうにか救いを求めたいそれでもあるが、他の職業も同じだろう、技スキルすなわち魔法発動時前の初期動作――ジェイミーコール。


 女神の名を心で念じる。


 衣服を通してチリチリとした感触が纏わりつき、スキル発動可能な状態へ。

 だから『ドラゴニール』を放とうとした――瞬間だった。


 瞬発的に発生した、ドゴンである。


 後ろの壁が砕けたのか、視界の横に石壁の欠片が入り込む。

 バッと振り返れば、ドゴンがいかに凄まじいドゴンだったかを知る。

 俺の少し脇――厚みのある壁が半壊し、大きな穴を開けていた。

 魔王が出口を塞ぐ密室、その対面側では土煙が舞い、違う匂いを運ぶ空気の流れがあった。

 その流れに乗って、優美な着物のような姿に唯我独尊の文字が映えそうな妖女が登場する。

 いいや……。

 どうやらミロクは既に狂いの笑みを浮かべているからして、鬼女と言うべきか。


「ヒヒヒ――アタイは最高の女だね。適当に壁ブチ抜いていたら、魔王とご対面さ。ヒヒヒ、待ってたぜ。オマエとれる時を待ってたぜ。ヒャハ、ヒャアアハハハ」


 かなりの危機の中、怖いくらいの嬉々で笑う女。

 その立ち姿にちびっ子が口をあんぐりだったが、どうでも良い。

 とにかく希望が見えた。

 神頼みが功を奏したのか、人間側最強のミロクが現れた。

 勝算を見出す俺は実際に見るのである。ミロクがぶっ壊し回った壁の穴を。

 穴は部屋と部屋とを、今まで行き場のなかった俺達が居るこの場所を繋げる。


 ゆえに――逃走が可能になる。


 道具箱から吊り下げていた、こぶし大の丸い玉を取り外しそれを投げつける。

 標的は魔王でもなく、ミロクでもなく、その中間地点の床。

 石床で割れた玉からは液体が面白いように広がる。


「『ティラゴ』」


 割れた玉へ魔法を放てば、走る熱風とともに燃え盛る炎。

 床から天井へ立ち昇る火炎は火の壁と言って良い。

 この現象を可能にしているのは、薬士のメガネに作らせた『ヒドゥンの油』のお陰。

 ガソリンに近い油は、発火すれば火炎魔法よりも長く燃え盛る。


 これで、魔王を足止めできるとは思っていない。

 けれどもアイテムの火炎なら、側の女も躊躇うと思ったからだ。

 臆病であるべきと判断した俺は、撤退する気満々。だが、戦闘狂のミロクは違う。

 どうにか説得して、この場から引かせないと、


「ミロク行くぞ。ここは一旦引く。幾らお前が強いと言っても相手は魔王だ。ヒーラーもいねえし、俺達二人じゃどうにもならない。作戦目的のサーシャもいる。ここは皆と合流――」


「ああ?」


 首に強烈な衝撃と締めが襲った。

 片手で持ち上げられる俺。

 それが味方に向ける顔かっていうくらいの形相で、ミロクからメンチを切られる。


「ぐっ、落ち着げよ……。お前が魔王と是が非でも戦いたいがっているのは……なんどなく分かる。けどよ……がっ」


 俺を締め上げる妖美な女。

 その口元が耳の元へ近づき囁やけば、ぐんっと体が後ろへ持っていかれる。

 それはつまり、ミロクから投げ飛ばされる俺がいて――サーシャもそうなのか、隣の部屋へ投げ込まれ背中を打つ俺の上にちびっ子が降ってくる。


「のわっ、なんじゃあの女は、あじゃぷ」

 

「ミロクっ」


 床に転がる俺は腹の上でサーシャを転がしながらに叫ぶ。

 だが、半壊した壁の向こう側に、名を呼ぶ女の背中は眼前にはなく、天井を足場にする様があった。

 俺とミロクの天地が逆さになる。

 まるで大地から飛び上がるかの如く、天井を蹴るミロク。

 猛烈な勢いで真下の床を足蹴りにした。


 刹那の静止画があった。

 それからペキペキと何かが剥がれるような音。

 バキバキと亀裂の音へと変われば、一気に耳障りな破壊音となる。


 ガゴン――と、弛む床が底から抜けた。

 燃え上がっていた火の壁はあっけなく、底が抜けてできた暗闇に吸いこまれた。

 更に黒く大きな口は、嬉々とした鬼女を脅威であった魔王もろとも飲み込んでいた。


「くそくそ……クソッタレっ」


「待つのじゃ魔導士。お主、何をしようとしている」


 サーシャが小さな手で必死に俺の腕を掴み引っ張る。


「決まってんだろ、ミロクの後を追う。正直行きたくねえけど、一人より二人……行くしかねえ。放っとけないだろ」


「この戯け者っ」


 ぱん、と叩かれる俺の頬。

 低い位置に、でんと構える少女の真剣な眼差し。


「魔王を相手にするのだ。一人や二人では到底無謀も無謀じゃ。主も言っておったじゃろ、皆と協力して討つべきであると。その自らの判断を蔑ろにするつもりかっ」


「わかってる……けどさっ、ああ見えてあいつ仲間なんだよ。行動すべてが訳わかんねえし、さっきのも意味わかんねえし頭くるけど、仲間なんだよ。このまま放っておけないだろっ」


「けどもへったくれもない。見捨てる自分が許せぬか。傲慢じゃの。よいか。あの剛力女、お主を投げ飛ばす直前に何か言っておらなんじゃったか。思い出せ。あの者の顔は覚悟と決意のものじゃった。同じく女の妾にはよく分かる。あれは相当に腹を決めたものじゃった。ならばその意志をんでやるのが助けられた者の心意気じゃろ。努めじゃろ。うむうむ」


 一人、得心といった様子で腕を組むサーシャだった。

 それを見て俺が何かを返すことはない。

 しかし、頬の痛みから得たこの一呼吸はありがたかった。

 冷静さ……でもないな。今も落ち着きがなく動じている心はそれとは違う。

 でも留まるきかっけを与えてくれた。

 俺は留まる行為に今も穏やかでいられない……が、サーシャが正しいことは理解できている。

 恐らくミロクは望んで魔王と下層へ落ちて行った。


 彼女の強さを信じているなんてのは、都合が良すぎて反吐が出る。

 だから俺は唇を噛み締めて、俺は自分の心に言い聞かせて、この場の最善を選ぶことに務める。


「お前の言うように、今は……他の仲間との合流を優先しよう」


「うむ、良き判断じゃ。もしお主がこの穴へ飛び込んだら妾はどうなる。一人の味方もなく魔王の城で彷徨うことになるのじゃぞ。こんな幼気な少女が一人じゃぞ。助けたのなら最後まで責任を持ってじゃな、ぬわいたっ。いきなり何をするのじゃ! 痛いのじゃっ。妾にデコピンとはどうゆう了見じゃ、この無礼者っ」


 見下ろす先では、俺が指で弾いた額をスリスリ擦る我が身が可愛いだけのちびっ子である。


「なんとなく。いやごめん嘘。途中までは感謝したけど、最後に自己保身のためかとわかって、腹が立った。あとさ、じゃ、じゃ、うるさいこの幼女詐欺」


 正直な気持ちを吐き掛けてから、俺はぽっかりと空いた床の穴をのぞき込む。

 先はすぐに暗くなり、どこか冷たくどこまでも深い。


――『アタイは帰るんだよ。アタイを世界から愛された女と言う奴がいる。けどさ、アタイはこの世界を愛しちゃいねーのさ』。


 そんな言葉を俺に残し、落ちていったミロク。

 言葉の意味を探って、真っ黒な光景に魔王からの特別な死を見てしまう。


「お前暴力的だし怖いしムカつくから、正直好きにはなれなかった……」


 俺はサーシャを連れてこの場を去ることにするよ。

 そう決断したのだから、振り向かないし、振り返れない。


「けどさ、また会いたいとは思うよ。だからさ、どうにかこうにか生き残る道を……ミロク、お前なら選べるはずさ……」






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