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55 囚われ少女はかく語りき。

 滑り落ちた先に、剣山なりモンスターの待ち伏せが無かったのは幸いだった。

 しかしそれでも、迷子という油断ならない状況下には陥っていた。


「隠れ蓑笠みのかさ手放さなきゃ良かった」


 討伐隊に加わってからはギルドへ預けている。

 邪魔だし、ダサいし、ステータスを知られることへの恥じらいとは決別するためだったし……失敗した。


 とにかくブツブツ愚痴った。

 未練たらしい感情がなきにしもあらずだが、なんか喋ってないとやってられないのだ。

 一人で探索する敵地なんて心細くて仕方がない。


 広い空間を十分に活用することなく、壁を這い身を小さくして移動することしばし。

 俺の視界に三つほどの部屋が並ぶのを確認できた。

 んで、一つだけ僅かに開く扉があったりする。


 気になるよね。のぞきたくなるよね。

 だから、そこを調べることにした。


 人には大きな部屋の扉。

 手くらいは突っ込めそうな隙間からは、揺れる明かりと調度品なのかなんなのか。こざこざした物の雰囲気は確認できた。

 そして、警戒するモンスターの気配は今のところない。

 扉を少し引く。


 ぎい……。


 ぴたりと心臓が止まる思いで息を呑む。

 特にリアクションはないようなので、ギリギリ体を忍び込ませるくらいまで広げた扉の隙間からすりすりカニ歩き。

 そのまま部屋の奥へ抜き足、差し足、忍び足したカニの目に、鼻ちょうちんを膨らます子供が映ります。


 スヤスヤと眠る、浴衣に似た着衣の子供は、両手両足をウネウネした有機物で縛られていました。

 背後には人の背丈くらいの直立したナマコのようなモンスター。

 そこから生える触手によって絡められていました。


「うーん、残念」


 何が残念かと言えば、触手さんに捕縛されているのが、お子様サーシャであること。

 カエルをひっくり返したような格好でヨダレを垂らしている――そんな見た目のちびっ子が実は俺と同い年だったりするらしいから、なんともアホ面に思えてならない。


「なんだろうなあ……萎える」


 お前、全然触手さんを活かせてない。


「おい。おい。起きろサーシャ……サチコちゃん。朝ですよー」


「……紅白……妾は出演せぬぞ」


 寝起きだからか、ちょうちんを割る少女はとんと意味不明の発言。


「まあ、あれだな」


 すんなり目を覚ましたので良しとしよう。


「偶然だっただけど、助けに来たぞ」


「助け……そういうことであったか、理解した。うむ、ならば遅いぞ、どっかで見たことがある魔導士。今まで何をやっていたのじゃ。妾が魔王にさらわれてどれくらい経つと思うておる……どれくらい経つのじゃ?」


「なんか、教えてやる気がこれっぽっちも湧かねーから教えね。てか、予想してたより全然元気じゃねーかお前。逆にこっちが腹立ってくんな」


「お主うつけか。何が元気そうじゃ。この格好を見よ。妾とあろうものが自由を奪われ、毎日毎日責め具に耐える日々を送ったのじゃぞ。心身ともに疲労困憊雨あられじゃ」


 血色良い顔でそんなことを吐くちびっ子だった。


「責め具に耐える日々ねえ……その割には上限超えのモンスターがわんさかいたぞ。それってお前の仕業だろ」


「仕業と言われればそうじゃ。しかしじゃ。好き好んで妾の力を与えたのではないのじゃからね」


 頬を膨らまし、ぷいっとソッポを向く仕草を見るに、どうやら後半はツンデレ風味を加えたかったようだ。

 なんだろう。古代魔導士の杖を手にする俺は、SP吸収の名目でこいつを殴っても良いような気になる。


「妾とて人間側。魔王には三食の食事を怠るのなら上限を上げられぬぞと交渉したり、1日1回の上限上げもプリンを食べれば更に力を使えるなど、なるべくモンスターどもが強くならぬように、あの手この手で画策しておったのじゃ」


「ふーん。ちなみにお前の足元に転がる鳥の羽根が付いた棒って何なの」

 

 いかにも足の裏をくすぐる為に使われたというような物。

 俺としては自分の中にあった、『まさか』を否定したくて聞いてみた。


「それは妾を散々苦しめた、くすぐり棒じゃ」


「『ティラゴ』」


 俺は魔法でサーシャを焼いた。


「ぬぎゃああ、熱いっ熱いのじゃ。この戯け者――」


 ゴオオと唸る火炎放射で口を塞ぐ。

 んで、炎が収まればそこには黒焦げになった触手モンスターと触手から開放されたサーシャ。


「いろいろ言いたいことがあるけど、今はここから脱出するのが先だ」


 たまたまとはいえ、見つけてしまったしな。

 サーシャの救出もこの作戦の重要な目的だ。


「さあ行くぞ」


 そう言い放ち部屋の出入り口へと引っ張ってゆく。

 そんで、扉の隙間から顔を出した時だった。

 俺はとりあえず、固まった。


 ありのままに言えば、さっきは影も形もなかった敵が部屋の外、つまり通路にて佇んでいらっしゃったからだ。


 見上げる先には熊よりも一回り近く大きい異形の影。

 頭に渦巻く角を二本こしらえて、血走るとかの比喩じゃなく赤い目を大小四つ。

 四つが好きなのか、腕もその数。

 上品なローブを纏っていたっしゃるもそこからのぞく体は獣のそれに似ているのかな。

 あまり見ない……というか、初めて見るどことなく威厳があるモンスター。

 そして、聞き覚えのあるようなお姿。


「ええと……こちらどちらさん」


「世間じゃ魔王と呼ばれておる奴じゃの」


 後ろからひょこっと顔をのぞかせ、サーシャは言う。。

 その答えに俺はカラッカラの薄ら笑い。

 すでに乾いてはいるが、笑いが完全に干からびてしまう前に――人の域を越える俊敏で、自分とサーシャを部屋の中へ引っ込めた。

 そして、ばたんと扉を締めた。





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