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52 デカルト隊への風雲急を告げる的な知らせ


       ◇ ◇ ◇



 バル高地で二日を過ごした晩のことである。

 食事兼会議の場にて、アリーゼ隊、ベルニ隊の近状報告がなされた。

 アリーゼ隊は明日の朝には、目標とする平原地帯へ到着できる見込みとのこと。

 ベルニ隊に至っては、あと五日ほどの日程を要するとのこと。


 なので、俺達デカルト隊は一週間足らず、このバル高地に留まることになりそうだ――なんてことを俺は、盗賊装備を一新したキョウカ女史の顔を見ながら考えていたのだが。


「我々デカルト隊は明日の未明、魔王の居城、黒き城へ向け出発します」


 こぢんまりしたテントの中は、数名の『は?』の空気で一杯になる。

 知らされていなかったのか、隊長の任を預かるマサさんまでもが、驚きの声を上げていた。

 立ち上がる大きな体躯。


「ちょっと待ってくれ参謀役。意味が分からねえ。何のために二日もここでこの隊は戦線を維持してきた。他の隊と連携して魔王の城へ攻め込む為だろうよ」


「はい、マサ隊長の仰る通りです。しかし現状大幅に遅れているベルニ隊を待つことは、魔王の襲来に遭う危険性を孕みます。魔王討伐作戦本部としてはその脅威を考慮して、アリーゼ、デカルトの二つの隊で予定である第三作戦へと移行することを決定しました」


「ベルニ隊の進行状況から、あっちの隊を切り捨てることにしたのは理解した。だがよ、明日の朝ってのはどういうこった。アリーゼの連中はまだ予定の地点に届いていねえ」


「アリーゼ隊は予定地点を占拠することなく魔王の城へ強行します。ベルニ隊が城攻めに間に合わない以上、アリーゼ隊が前線を確保する意味はありませんので、デカルト隊との合流を作戦行動として第一とします。その旨は伝達済みであり、あちらからは可能であると返事を頂いておりますので、支障等はありません」


「そりゃ、ギルド本部から言われりゃ、はいとしか言えねだろうさ……納得いかねえな。どうにも納得いかねえ。早期決戦が最善みてえな言いようだが、焦燥感に駆られている作戦変更に思えてならねえし、中身は……ベルニ隊を煙たがっているようにも思えるが?」

 

 マサさんの何かを探るような目。

 それを受ける相手は、伏し目になる。

 しばしの沈黙の間。

 煙たがるの意味に思い当たる周りは、黙って指揮官と参謀のやり取りを見守る。


「……出来ればギルド内部の羞恥の事ですので、話したくはありませんけれども、ギルドは今次期代表の座をめぐり派閥争いが起きています」


 キョウカ女史はそう話し始めると、討伐隊の名前にもなっているアリーゼ氏、デカルト氏、ベルニ氏の三者による権力争いがギルドの中で激化していると説明する。

 各隊、名前だけでなくその人達の責任者としての権威も反映されているらしい。


「今回のジェミコルは最重要度の赤。このクラスのものが発令されることなどは稀で、非常に責任を問われる重大な案件となります。しかしそれゆえ、ジェミコルを成し得た後には、その功績とともにギルドや世間への影響力を得ることになります」


「裏を返せば、失敗できないってことだよな。重要ならこそ、反動として非難が殺到だろうし」


 重要ってことは期待値が高い。その期待が裏切られると憎悪になるんだよな。

 人ってのは我がままな生き物だ――とか、悟った風な自分に酔いしれていると刺さる視線に気づく。

 キョウカ女史のそれは、俺のつぶやきが場の流れを阻害している、と言わんばかりであった。

 なんか、俺にだけキツくないっすかね参謀殿。


「このままいきゃ、ベルニ隊、つまりベルニ氏が管轄する隊の第三作戦への参加が行われず不名誉な結果になる。平たく言やあ、それで失脚確定、他のアリーゼ、デカルトにとっては敵が一人減るってえわけだ」


「ええ、仰る通りです」


「デカルトの思惑に乗ったアリーゼは隊を強行させることに同意。デカルトとしちゃ俺達デカルト隊が魔王を倒した。その功績が欲しい。だから、恐らく魔王城の前で合流の算段にはなっているだろうが、デカルトそしてアリーゼも、腹ん中じゃ我先にと思ってるんだろうよ」


 けっ、と吐き捨てマサさんはドシンと重い体を椅子に預けた。


「ギルドの派閥争いに貴方方冒険者の善意と誇りを巻き込み心苦しく思います。しかし変更になった作戦は既に決定事項です。デカルト隊は明日、魔王の黒き城へ進軍します」


 新調されていた装備が彼女の意気込みだったと知る頃には、同じギルドの身内の取り巻きを連れてテントから去っていた。

 キョウカ参謀殿を淡々と見送って、冷めつつあるスープにスプーンを突っ込む。

 隣のカレンが、このスープ美味しいですね、と言って長い髪が邪魔だと感じたのか、取り出したシュシュで髪を縛る。

 その仕草に見惚れて、スープを味わうどころでなくなっていた時だった。


「魔法使いの兄ちゃんはどう思うよ」


「うなじ、いいっすね……」


「聞き方が悪かったのか? さっきの参謀さんの話さ。何かと目ざとがられていた兄ちゃんなら、どう思うってな」


 マサさんに返すでもなく、そっちねと小さく言って、


「俺、あの人から目ざとがられているんすかあ……と、無難――どころか、上手いやり口だったんじゃないんですか。今回の功績で、代表頂きだぜ的話自体は嘘じゃないみたいだし。理由があって隊を動かすことは明確にできたわけだし」


「ま、だから不明のところもはっきりと言ったようなもんだがな」


「やはり参謀殿の話の意図は、マサ隊長殿がおっしゃったベルニ隊との合流を恐れてのことでしょうか」


 カレンが加わる。


「いつかのミロクのねえちゃんの言ってたことが信憑性を増したな。隊が一緒になりゃ魔王からの死の真相に一番近い奴らの口から情報が入る。困るんだろうよ。本当に死ぬかも知れねえ戦いだって、俺達が思うことがよ」


 マサさんはもちろん、俺とカレンもこの理由から今回の作戦変更が為されたと考えてる。

 もし派閥争いが理由なら、そもそもベルニ隊へ人員を補充する話すら起きなかったはず。

 討伐が始まって以来、隙あらば相手の足を引っ張りたいと思っていたんだから、相手を手助けするような話が持ち上がることが不自然。

 今回のようにその時点で切り捨てれば良かっただけの話だ。

 それをヤラずに、ここに来てからの強引な変更のお達し。

 明らかにギルド本部の考えが揺れているだろ。だからそのあやふやさから、俺達はキョウカ女史が、本当にある派閥争いを表に出すことで真意を隠したと疑うわけだ。


 嘘がバレれば不信を広げてしまうが、事実がバレたところでそうはならない。

 そこは下手な取り繕いより全然上手い。

 ただ、そうまでして目を逸らさせようとしたことで、余計に俺達をその裏にある真意へと注目させてしまう結果になった。


 ”魔王による完全な死”。


 ベルニ隊が合流すれば、そのことが討伐隊全体に知れ渡る。

 士気の低下は無論、恐らくその事実を知りつつも隠していた節があるギルドの権威も危ぶまれる。


 レベル上限を変更できるサーシャではないが、故意に完全な死を与られる存在などこの世界の理に反する。

 神の名をもって運営されるギルドがそのことを隠匿するなど、世界への背反ともとれる行為である。

 何よりも人々の脅威となる存在を放置していたことが大問題だ。

 もし世間がそのことを知ったのなら、その反感は並大抵ものではないだろうと思う。

 ギルドとは人々の安念を願う理念の元、設立された組織なのだから。




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