50 討伐戦線は概ね順調のようなそうでもないような
簡易テントを張り、テーブルが置かれるだけの作戦室。
俺やカレンを含めた数名の冒険者達が集まるそこで、
「ベルニ隊の奴らが魔王に襲われた」
デカルト隊指揮官マサさんの口髭が動けば、そんな言葉が飛び出た。
北へ向かって進軍する俺達。
三つに分かれた隊の一つベルニ隊は、俺達から一番遠い東端から北上していた隊だ。
「それで、ベルニ隊と魔王がどうなったと言うとだな……」
俺達に難しい顔を見せるマサさん。
そんなマサさんの二の句を継いだのは、隣に座するポニーテールの女性。
デカルト隊の参謀役というか、本部からの伝令役でもあるギルドのエージェント盗賊職のキョウカ女史である。
「魔王からの襲撃は、ごく僅かな時間の奇襲に近いものだったと聞き及んでいます。魔王は配下のモンスターともどもこちらを殲滅させるわけでもなく、撤退。だだしこの襲撃により、ベルニ隊は半数近くの人員を失いました」
「魔王も奇襲とかセコいことすんのな」
と俺の率直な感想は、キョウカさんの眼差しを更に鋭利なものにしてしまう。
「今回デカルト隊もベルニ隊からの戦力の補充要請に応える為、隊からどのパーティをベルニ隊へ派遣するか。皆さんの意見を伺いたくて集まって頂きました」
「ん? 補充って、こっちから人員割くより、あっちの教会から隊に戻ったほうが早いだろ。なんでわざわざアリーゼ隊や俺達の隊から人間送るんだ?」
『俺なんか変なこと言った?』との顔を向けたマサさんは険しい表情のまま。
ならばと、隣のカレンへ同意を求めたら似たような顔。
「失った。それはベルニ隊の人達が教会送りにならなかった。そのように解釈しても良いのですね」
「ああ、カレンちゃんの言う通り、どうやら魔王からトドメをもらった奴らが、行方知れずになっているらしい」
マサさんが向き合う相手を、より一層悩ませる頃には俺も理解した。
「魔王城だと教会送りにならずに、どこかへ飛ばされる。その現象がベルニ隊で起きてるってことか。なんか……いろいろ痛いなそれ」
冒険者達のほとんどは今回のジェミコルに燃えてたから、どこかへ転移させられた奴らもいずれは合流してくるだろうけれど、いつになるかは分からない。
あと、魔王自身が直接攻撃を仕掛けてきた事実もそうだが、その攻撃が戦闘後にも影響する痛手を被るものとなれば、今以上に警戒を高める必要性が出てくる。
より慎重な行動と移動が求められる結果は、攻める俺達側からすれば負担以外の何者でもない。
「クククッ、どうせバレちまうのにねえ。デカルトのハゲは隠し通すつもりでいるのかい。どうなんだい? そこの盗賊女」
皆が注視するテントの端。
半身にして佇む艶やかな衣装に身を包むミロク。煙管を吹かす様は見慣れたもの。
しかしながらその見慣れた妖女の艶姿が、この作戦会議の場で見れたのは珍しいことである。
「なんの話してんだよ?」
「今の話にあった連中。この世界のどこを探しても見つからない。そうアタイが、そこの女の代わりに間抜けな坊や達へ教えてやったのさ」
問いには答えてもらえた模様のそれであったが、よく分からんぞミロク。
「そんなシケた面をアタイに向けんじゃないよ。カビ臭くなっちまうだろうが。さっきの話は魔王からの挨拶、見せしめって言ってんだよ。これ以上ちょっかい掛けてくんなら、てめえらをあの世に送ってやるってな」
「……ミロクさん。隠しているつもりはないのです。ただ貴方の仰るような教会送りにならない事を、常世の死として断定するには確証がない上、仮にそのような事が起こり得えたとしても、それを魔王が行なっている確証もありません。だからこそ不確定な情報で、むやみに不安を煽るような発言を」
「あー、ウゼーウゼー。確証だ? あの世に逝っちまったもんが口きけるわけねーだろ。お前馬鹿か?」
「ミロク、分かった分かったから、頼む落ち着いてくれ、いや下さい。キョウカさんもなんかすみません。その、あれだな――」
つまりあれだよな、
「魔王は俺達が教会送りにならないような攻撃をできるって話だよな。いやー魔王すげーな、教会に送られないとなれば俺達復活できないし、本当に死んだも同……然」
ん、だと!?
「おいおいおいおい、おいっ。それマジかよ。本当にそうなのかよ!? なんでお前そんなこと知ってんだよっ、魔王ってマジでそんなことができるのかよ!?」
「さあーてね。けどそれができるから、魔王なんじゃあないのかい、ククク」
そう答えるミロクは、冷たく笑う。




