48 戦況
アリーゼ隊が最後の教会奪還に成功したとの知らせが届いたのが、ベネクトリアを経って10日目の昼過ぎだった。
んで、その知らせを受けた俺達デカルト隊は今、300は優に超えるモンスターどもと交戦中だったりする。
「イッサっ」
「あいよ」
カレンの呼び掛けに火炎魔法『ティラゴ』。
「風月改め、陽炎の一陣っ」
全然陽炎には程遠い、火炎を纏う疾風の刃での攻撃だが、カレンがノリノリなのであえて何も言わないこれは、いろんな属性耐性を織り交ぜてくる敵と戦っていた時に偶然発見した、コンビネーションアタックである。
「イッサさん前出過ぎです」
「あ、はいはい、すぐ戻んます」
ホイホイとアッキーの特性スキルの効力が及ぶ範囲へ。
『健康第一』――アッキーのライフゲージが満タンだと側にいる者への被ダメージが軽減されるのだ。
中身レベル40の俺には、ありがたい効果である。
「イササ上、気をつけるにゃー」
先の方からルーヴァの忠告。
空を見上げれば、ガーゴイルという翼を持つ半人半鳥のモンスター。
俺達がこの作戦で相手にするモンスターは総じて高レベルなので、厄介なのは厄介なのであるが。
「うげ、やめてくれよ……」
ガーゴイルどもが数体掛かりで、巨大な石人形を抱えている。
なんと言うのか、向こうも指揮官のような存在がいて、普段のモンスターと違い、あの手この手で攻めて来やがる。
弱点の属性で集団を組まなかったり、普段後衛職が相手にしないゴーレムを――、
ズドンっ。
このように上空から落として来やがったりしやがる。
「アッキー、一旦下がるぞっ。俺達じゃゴーレムは荷が重すぎるっ」
「でも下がったら、ルーヴァやカレンさんの回復が」
「ノープロブレム。早々に石の木偶は片付く」
俺は視界の端に見た。
着地時、巨大物が掘った地面の土が最女のお気に入りらしい衣服を汚していた。
たまたしても、ズドン。
しかしこの衝撃音は地面でなくゴーレムの腹に風穴が開いたもの。
「てめえ、石人形のくせに調子に乗ってんじゃねーぞ、ごら」
ぽっかり空いた土手っ腹の後ろから両腕が差し込まれると、左右に開かれるそれによって、石の胴が割かれた。
もぎ取られるデッカい腕、デッカい脚が、野球ボールでも投げたかの如く、凄まじい勢いで空飛ぶガーゴイルを襲った。
蚊が落ちるようにして、半人半鳥がくるくる回りながら落ちてゆく。
んで、まだ怒りが収まらないのか、ゴーレムの頭を掴み残った上体を武器にしてミロクはモンスターの集団へ分け入っていった。
姿はとっくに見えないのだが、上空へ吹っ飛ぶモンスターや冒険者の様子から大方の位置は把握できた。
レベル=ステータス値がモノを言うこの世界。
物理法則とか、常識とか簡単に凌駕してしまう現実なのである。
木陰の下、獣人と騎士と魔法使いが立ち話。
モンスターとの戦闘は続いていたが、モンスターが後退を始めていたので俺達は戦いの中心から離脱、一足先に休憩を取っていた。
「いやや、ミロロが暴れるとルーヴァの立つ瀬がないでにょろ」
拳を武器に戦う獣人は嘆く。
「あの驚異的物理攻撃力。ルーヴァだけでなく前衛職の誰もが立つ瀬がないですね」
カレンもはあ、と溜息だった。
「比べる相手が悪い」
技スキルなしでも同等の速さで動けるミロク。
武器もなしに堅いゴーレムの腹を打ち破る破壊力。
状態異常にもならず、食らうダメージは魔法属性のある攻撃だけ。
「あいつが魔王なんじゃねーか」
そんな感想を吐いた時、ブン、と鼻先を大きな双刃の斧が掠めた。
斧は俺の足元での土をエグる。
「ワリーな。散々獲物を振り回して、力が入んねーんだ。どっかの魔法使いが使う杖なんかと違って、くそ重てえからよこの斧は」
そう言って戦士ライアスは俺とルーヴァの間を通り、どっこらせと樹の幹へ背を預けた。
何食わぬ顔で、俺の嫌いな男がくつろぐ。
同じデカルト隊である以上、顔を合わすことがあるとは思っていたが、俺が上限突破者と知られてからは向こうからちょくちょく挨拶をして来る。
もちろん、お早うございますとか、こんにちはイッサさんとかの挨拶ではない。
「わんぱくライアスが、またイササにちょっかいかにゃ」
「別に、んなんじゃねーよ。たまたま俺が休もうとしたところに、無駄にレベル100のこいつが居ただけさ.それより、お前はこんな奴とパーティ組んでねえで、早く俺のパーティに来いよ」
「おにゃおにゃ、ルーヴァはルーヴァにメロメロなライアスからラブコールを受けたにゃ」
「だから、んなんじゃねーよ。同じクリアレスだからよ……。なことより、なあ、レベル100の魔法使いさんよお? テメエの中身自覚してっか? ホントはよえーなんちゃってくんがどうしてこの魔王討伐作戦に参加してんだよ、ああ? おまけにレベル100ってだけで幹部扱いだしよー、たまねえなー」
やれやれ。
イラッとくるが、俺は自分の苛立ちよりカレンが心配になった。
カレンがライアスに物申さないよう、す、と彼女の前に出て壁になる。
「つまんねえ、男だな。こんだけ煽ってんのにダンマリかよ」
フザケた顔で呆れたぜ、と言わんばかりのライアスにぽかりとゲンコツが落ちる。
俺でもなくカレンでもなくルーヴァの拳だった。
「ルーヴァは強い男は好きだけど、つまらない男は嫌いだ。イササはルーヴァと同じライアスの気持ちを知っている。だから何も言わない。そう言えばイササは、ライアスがレベル99になったのを感心してた、にゃー」
威圧的な目で、キッ、と睨むライアス。
もちろんその相手はルーヴァではなく、俺。
何か言うべきかなとも思ったけど、これと言って適当な言葉も思いつかないから、そのまま見つめ合うだけ。
お互い妙な空気に対応できないでいると、助け舟だろうか、遠くからアッキーの声が聞こえてきた。
「ああ、イッサさーん、カレンさーん。隊長さんが上限突破者に集合を掛けているみたいですよ」
一生懸命走る姿が良く似合う赤毛の少女のそれに、俺とカレンはルーヴァ――んでライアスを残し木陰を後にした。




