41 20対1――①
前衛職の三人が各々の獲物で切り込む。
上から振り下ろされた大斧は石床を破壊。
持ち手はひらりと身を躱した女の細腕に殴られ吹っ飛ぶ。
横から薙ぎ払う太刀は空を切る。
女はこれまた紙一重で見切った相手を殴り飛ばす。
背後からの槍が迫る。
難なく蹴り払われ、回転蹴りによって――同じくである。
「くそ、なんつー鬼回避」
魔法を唱えながらに、ぱっとしない光景へ愚痴をこぼす。
別に仕掛けている前衛職の奴らの腕が悪いわけじゃない。
ミロクが尋常じゃないってだけだ。
「魔法使いっ、狙われてるぞっ」
くそっだらあ――。
誰かが教えてくれた忠告とともに、とにかく横っ飛び。
瞬きすら許してくれない飛び込みの速さを相手は持っているのだ。確認していては間に合わないっ。
ブンと蹴りが掠める。
ミロクはそのまま踊るような回転を繰り返し、近くにいる者を手当たり次第に襲う。
そして、皆の頭上にあったライフとSPゲージの表示が消える。
すかさず、賢者職のおっちゃんが『ティビジョン』と叫ぶ。
一定範囲にいる者のゲージを視覚化する魔法で、また俺達やミロクの頭上にゲージが浮かぶ。
それを見て、僧侶職の二人が回復を行う――が、ち、一人やられた。
パンと発光して消える。
「ヒーラーは下がれ下がれっ、魔道士はとにかく前衛を巻き込んでもいいから魔法を撃て撃てっ」
分かっちゃいる。
回避され通常攻撃がヒットしない以上、回避不可能な魔法が有効ってことはな。
だが、巻き込んでもいいって言っているように、それはミロクも同じだ。
対人だと、恐ろしくライフを削れねえ。
SPの時間回復を確認――目まぐるしい。カレンの状態をうかがう暇もないっ。
「『ドラゴニール』っ」
くそ、くそくそくそ、なんて不公平だ。
こっちの気合入った魔法はちょっとしかライフを減らせねえのに、向こうのただ殴る蹴るの方はもらうとアホみたいにライフが減る。
通常攻撃は軽減対象になってねえからそうなんだろうけれど、この世界の恩恵が邪魔で仕方がない。
対人だと魔法使い、すんげえ役に立たない。
加えて、俺、いいや周りもそうだろ。対人戦なんて経験不足ってる素人。
対照的に、ミロクは百戦錬磨の対人玄人。
「ヴァーミリオンドライブっ」
「ヤツカミの大槌!」
「青龍雷鳴」
轟音と振動と閃光。
各職業最高のスキル技が交差し乱れ飛ぶ。
圧巻されるほどに凄まじい光景。
そして晴れる土煙のそこには、ある意味多少の亀裂程度で保たれているこの部屋もすげーなと戯れ現実から逃げたくなるような結果が残る。
首をこきこき。全然だなと言わんばかりで狂気の笑顔へと変貌しつつあるミロク。
ライフゲージは減っていたが、まだまだ気が抜けない残量のそれを頭上に浮かばせる。
「女魔道士、あと洒落た盗賊、状態異常系の攻撃は駄目なのかっ」
「やってはいるわ。けど、効果が出ない」
「こっちも一緒だ。てか、魔法性攻撃じゃない盗賊技は当たらにゃ意味ねーから、そもそもが効くのか効かねーかも分からねー」
女性魔法使いと男性盗賊の狙いは、ミロクの状態異常。
敵に毒が通じない以上、選択は眠りと麻痺、石化。
魔法使いは眠りと石化を試みて、盗賊は技スキルの麻痺攻撃。
「たぶん、無理なんじゃねーかっ」
俺は叫ぶ。
魔法使いも盗賊も、だろうな、との顔で応える。
熟練者の冒険者なら人に対し状態異常が効かないのは経験で知るところだ。
理由ははっきりしないが、効果の結果である”眠る”を仮に10とする。
人相手だと、今それらは軽減されてしまう。つまり10未満。
10にならない限り”眠る”にならないのなら、幾ら放っても意味がない。
疲労みたく蓄積されるわけでもないからな、技スキルなんて。
それでももしかしたら……。そう、すがる程の相手ってことだよな。気持ちは重々承知している。
が、人が簡単に眠ったり麻痺するようなら、結構危ない世の中になるだろからってことで、潔く諦めようぜ、と思ったそこへ、
「はっはっはっ、待たせたな同胞たちよ。この薬士の僕に後は任せてもらおうか」
俺と魔法使い&盗賊の線上にメガネをキランと光らせ男が登場してきた。
サッ、と交差させた両腕。その先には数本の細い透明の瓶に緑の液体。いわゆる試験官を指の間に挟む。
「藥士の技スキル調合と生成で作り出した物は、アイテム扱いになる。つまりこの痺れ薬の入る投げ瓶は、魔法や技スキルとは見なされない」
「そうかっ、アイテムなら効くかも知れない」
「魔法使いのレイディ。効くかも知れないじゃない、確実に効く。人への効果は実証済みだ。安心してくれ」
何を目的にで、安心どころか不安になるが、この際追求しない。
確かに、このメガネ薬士のアイテムならミロクの動きをどうにかできるかも知れない。
「てか薬士、痺れ薬持ってんなら早々に使えってんだよっ。麻痺系の技スキル使いまくって俺のSPカラになったぞ」
「ソウリ―盗賊君。薬士が作るアイテムには使用期限があってね、普段は作り置きしてないんだよ。だから今まで」
「どうでもいいから、とっととやれよっ。ミロクに気づかれたら真っ先に教会送りにされんぞっ」
俺はイラつきながらに言う。
「では」
スタタタタ、と駆け出すメガネ薬士。
両腕が開らかれれば、ビュッとミロク目掛けて試験官が飛んで行く――んで、軽く避けられる。
「オー、ジーザス」
「メガネ、使えねー」
魔法使い&盗賊の分も言ってやった。
「待ってくれボーイ。本当なら僕の放った投げ瓶を彼女が払い、その衝撃で割れ――」
「だああ、もういいっ、お前は回復薬作りまくってヒーラー(回復役)に徹してろよっ。なんかリズムが狂うんだよっ」
「待ちなさい、そこの魔法使い。私のダーリンの力を甘く見ないでくれるかしら」
振り向けば、テンガロンハットを被り手に長い銃を携える女銃士がいた。
「さあダーリン、私達の力を今こそ見せる時よ。この魔法使いどもに思い知らせてあげましょう」
「ああ分かった。そうだよ僕は一人じゃないんだ。僕の傍にはいつだってハニーがいるんだ。そうハニーさえいてくれれば僕は英雄にだってなれる」
「ええ、ダーリン、ダーリンは英雄にだってなれる人。だってダーリンはもうすでに私の英――」
放置。
気持ちを切り替え、ミロクを目で追う。
すると、そこへ飛来する物体。数本の試験官。
「だから、無駄だって言ってんだろっ」
それより他の連中に当たったらどうすんだよ、このトンチキメガネ。
ミロクは予想通りに難なく襲ってくる――その時だった。




