37 ジェミコルの真相――②
俺は今、ギルド本会館の地下通路を歩く。
点々と灯るランプがあるものの――外のように明るいとは言い難い。
前をゆくのは、真っ直ぐ艶のある長い髪を背に掛けるカレン……。
狭苦しいレンガの壁に肩をぶつけながら、ぞろぞろと会議室にいた冒険者全員が案内に従い連れられる。
ここへは魔王討伐作戦に付随したデカルトさんからの依頼が目的である。
ただ経緯としてはそうなるのだが、俺達が集められた意味合いは恐らくこっちにあると考えて良いだろう。
それで、気が滅入るその目的地へはまだ少し距離がありそうだから、今回のジェミコル、緊急要請に関してのデカルトさんの話を俺なりにまとめて、気を紛らわすことにする――。
一つに、ギルドは公式に俺達上限突破者の存在を他の冒険者へ知らしめるとのことであった。
一つに、三日後の説明会に於いて、俺達へ伝えた情報は公開するとのことであった。
一つに、三軍に分かれ魔王が侵略した地域の奪還を行う予定の作戦に於いて、
上限突破者が各軍の先頭に立ち指揮をとって欲しいとのこと。
で。
その理由としては、レベル主義の考えであるデカルトさんによれば、自分より高レベルの者が頭に立てば、曲者も多い俺達冒険者も素直に従うだろうとのことである。
つまりは指揮官とは名ばかりで、参謀役として身内(ギルド直属)のエージェントが同行するようだ。
一つに、魔王を倒すことが最終目的であるが、平行してサーシャの奪還も作戦事項に含むとのこと。
サーシャに至っては、最悪殺害をもってこれを為すとするようだ。
俺が『殺害』を『教会送り』としないのは、以前カレンの話にもあったが、魔王の城での死後は、教会へと転送されないから。
ギルド側でもその認識のようで、出来得る限り現地での保護を望むようであった。
一つに、魔王討伐作戦の概要として、占拠された各教会、聖なる祠の奪還を第一作戦とし、魔王が侵略する領地を奪い返し城のある領地を三軍にて包囲するまでを第二作戦。
直接敵本陣へと乗り込み魔王の首とサーシャを奪うまでを第三作戦とするとのこと。
俺に数百人規模の戦いの作戦として善し悪しを判断できる知識はないが、妥当のようには思えた。
特に教会を奪い返す第一作戦の重要性は、考えるまでもない。
俺達はライフゲージがなくなると最寄りの教会や聖なる祠へ転送される。
そこへモンスターが満を持して待ち構えられていると、幾ら全回復していようが勝てるわけがない。
そしたら、また転送で同じ教会へ飛ばされまたヤラれる。それの繰り返し。最悪である。
でも教会さえ押さえられれば、すべてのパーティがお気楽な特攻攻撃ができるようになる。
代償として経験値が半分にはなるけど、戦力が格段に上がる。
ゲームだと俺はこれっぽいことを、ゾンビアタックとの呼び名でよくやっていたな。
復活が容易い状態で倒れては蘇り攻撃、また倒れては蘇り攻撃でそれはまさしくゾンビの如くである。
それで、モンスター――いや、魔王がこの俺達のゾンビアタックを警戒して教会を占拠しているかと言えば……半々だろうな。
どちらかと言えば、結果として俺達に不利な状況になっただけなのかも知れない。
向こうもレベルを上げるには、経験値が必要になる。
俺達だとモンスターを倒すことで手にするこの経験値であるが、この世界ではそれが冒険者の仕事だから存在していると考えないといけない節がある。
俺にもはっきりとしたことは分からないし言えないけど、そのような視点を持たなければ、鍛冶屋が鉄を叩いて経験値を得たり、貴族が名声や栄誉で経験値を得たりする道理に至らないからだ。
では、モンスターの立場からそんな経験値を得る方法、言い換えれば仕事とは何なのか。
人を襲うことだと俺は考えている。
だから、あいつらは人間の転移先である教会を占拠する。
何度も何度でも人を襲えるからだ。
そして、デカルトさんからこの教会の話があった時のこと……であるが。
俺は黙々と進むカレンの背中に、その時のことを振り返り投影する――。
魔王討伐作戦の概要を説明するデカルトさんの声しかない部屋。
耳を傾けあれこれ考えていた俺は、ふと側のカレンへ目を配った。
なんら意味があったわけではない。
ただなんとなく、自分の思考が落ち着きを見せた故の行動だったと思う。
そこでは正義感からくる憤りからだろうか。
カレンは肩を張り、拳を堅く握りしめていた。
いつかの自分の不甲斐なさを責めてのことだろうか。
カレンは唇を噛み締めていた。
一つとは言えない表情であっても、その主たる感情が怒りだと汲み取れる。
それは魔王にか、自分にか、どちらへ向けてのものなのか。
正直なところ、俺の魔王へ対する嫌悪はカレンのそれとは程遠い。
けれどだからと言って、わなわなと震えるこの様を目の当たりにして、何も感じない程俺は馬鹿ではないし、鈍くもない。
俺は――す、と側に寄り彼女の名を口にする。
「なあ、カレン、俺は実際にこの目で見たわけじゃないけれど」
「イッサは……殺される痛みと恐怖を永遠と味わわせることが、どんなに苦しく酷い仕打ちだか分かりますか。帰るべき場所を破壊され焼き払われ失うことが、どんなに辛く不安なものか分かりますか」
名はそこにあったが、俺とは違いカレンはその相手を瞳に映さない。
「……私がそのすべてを理解することは叶いません。ですが、私にはそれを食い止められる強さがあります。私にはあったはずなんです。あの時私が魔王を倒してさえいれば、話のような状況には。……私がこうしている間にも、私が」
「カレンっ」
互いの高くなる声が、この場の進行を妨げていたのは背中と肌で感じた。
でも今は、構う必要もない。
「それは思い上がりだと俺は思うぜ。無理だよ。こんな小さな手じゃ、いろんなもんが溢れちまう」
カレンの手を取り、その平をどこかを見ていた瞳に見せた。
「だからさ、俺の手を使えよ。皆の手を使えよ。上手く言えねーけど、カレンのこの手はいつか差し伸べたあの時じゃなくて、俺達と一緒にこれからの時に伸ばす手なんじゃないのか。そうだろ」
精一杯考えての言葉ではなかった。でも、精一杯の想いだけは込めた言葉だった。
カレンの唇が動く。
音はあったのかも知れない。
カレンからは聞き取れないそれを贈られ、手を握り返された。
どうやら、これをもって返答とするようだった。
多少は柔らかくなった顔を見る限り、安い買い物にしては申し分ない結果を得たようである。
後は俺が乾いた笑いで場を取り繕い、軽い頭を下げるだけでいいのだから。
そして、俺がカレンに真摯でありさえすればいいのだから。




