36 ジェミコルの真相――①
会議室と言えば近代ビルのオフィスのそれをイメージするが、役割的にはそうであるかのような一室は、暖炉や品の良い家具や本棚を設ける、木造りのお洒落な広い部屋。
映画のセットとしてそのまま使えそうな中世の西洋的雰囲気の中に、俺とカレンは混ざっていた。
大きな窓を背にどんと置かれたテーブルには、冒険者ギルドの偉い人、代表補佐デカルトさんが座る。
街で普通に見かければ小太りのハゲたおっさんに思えたかも知れないこの方も、威厳ある姿には恰幅の良い壮年に相応しき御髪と言葉を置き換えるのだ妥当のようだ。
その御前に俺達”20名程”の、レベル99を突破している冒険者がざっくばらんに立ち並ぶ。
「キョウカ君、彼女を」
デカルトさんの指示に、俺とカレンをここへと導いたキョウカさんが動く。
別室へと繋がる扉の向こうより、デカルトさんが言うところの彼女が現れ、その登場に俺達冒険者が反応する。
テーブルの脇で佇むメイド服の成人女性。
上限突破者なら一度は必ず会っている人、名前はアケミさんだったか。
「一ヶ月ほど前、彼女アケミ君と問題のサーシャ君は、カジノの街ガーマ近辺でモンスターに襲われた。その結果、彼女は教会送りに、そしてサーシャ君はそのままモンスターに拉致されることとなった」
話の先が見えないままに、なぜサーシャが拉致されたと分かるのか、またなんでモンスターが人間に対してそんな真似をする、と疑問を抱く。
だがそれもつかの間、重々しい声で発せられる次の言葉によって更なる困惑が襲い、それどころではなくなる。
「そしてサーシャ君は今、魔王の城にて監禁状態にある。これはギルドから差し向けた忍者職のエージェントにより知り得た事で、今はもう連絡が途絶えているが確かな情報だ」
「デカルト代表補佐役、一つ伺いたいことがあるのですが、よろしいでしょうか」
俺とは反対側に位置するところからその声は上がる。
誰の発言かとのぞき込めば、ずばり俺の知る前田 利益(前田慶次)が居た。
着物に似たこっちの派手な民族衣装を着こなす彼は、古本屋で目を通したマンガの主人公よろしくその手に煙管を携えていた。
なんだったけなあ、こういうの、カブリもの? カブレもの?
髷は結っていないがそんな呼び方をする一風変わった格好の冒険者であった。
「うむ。どうぞ質問したまえ」
「それでは失礼して。巫女が監禁されている事実から拉致されていたことは分かりますが、それはギルドから間者を送った結果から知り得たこと。順序の矛盾に些か腑に落ちない拙者であります」
「ギルドへの不信とまでも言わないにしろ、最もな気持ちではあるな。アケミ君いいかね」
「はい」
会釈と返事。
「私やサチコ、いえサーシャちゃんが襲われた時のことです。鎧を着る骸骨のモンスターから教会送りにされた私は、しばらくそこで彼女を待ちました。ギルドから職を剥奪されている私達にはパーティを組めません。ですから、互いの連絡を取り合う手段がありませんので、そうするしかありませんでした」
アケミさんが俺達を見回しながらに言う。
「けれども、半日程経ってもサーシャちゃんが送られて来ることもなく、それからガーマの街へも行きましたが、その消息は分からずじまいでした。それで……冷静になってから思い出せたのです。あの鎧の骸骨が私達を襲う時に言っていました。”小さな方が魔王様のレベルを上げる人間だ”と」
「そうでありましたか。アケミ殿はその事情からギルドへと駆け込み、ここ最近の魔王の動きに異変を感じていたギルドはそれを何らかの関わりがあるとみて、裏を取るために調査した」
カブキもの男はそこまで喋ると、煙管を指先でくるくると回し口に咥える。
その様は俺の知るシャーロック・ホームズのそれであった。
と、和洋折衷の煙管男よりもアケミさんの口から出た内容が、かなり危うい推測へと容易に繋がってしまう。
この世界にある『レベル』の上限は99。
それは『地元の人』『外の人』の区別なく俺達人間、そして、モンスターも共通するこの世界の理。
だが、少し前までの常識になる。
サーシャの特性スキルの効果が上限の壁を取り払ってしまうからだ。
『魔王様のレベルを上げる』。
恐らく上限一杯のレベル99の魔王のそれもサーシャの力があれば可能なわけで、魔王は配下のモンスターを使いそのカードを手中に収めた。
俺の考えをなぞるように、アケミさんに取って代わったデカルトさんが同じことを語った。
「教会を占拠する魔王の直接的な指揮系統に属すると思しきモンスターとの交戦記録によれば、スケルトンロイドの中にレベル100~110の個体をアナライズ《情報取得》したとある。以上のことから、君達のようにサーシャ君を使ったレベルの上限引き上げをモンスターどもは行っているようだ」
騒がしくなる部屋。
ガヤガヤと声でそうするのは俺達冒険者のみんな。
今聞かされている話がいかに危機的なことで、いかに重大な話であるかは分かるので、ひたすら厳粛に耳を傾けるのが正解だろうが、気持ちが伴わない。
「あの巫女なにやってんだよ。魔王ばかりか、モンスターまで強くしてどうすんだよ。100そこそこならまだなんとかなりそうだが、仮に140、150のスケルトンロイドがいたら、ワンパーティで倒せるか分かんねーぞ」
「きっと拷問にでも掛けられて強制させられているんだろうよ。可哀想にねえ、あのお嬢ちゃん。自殺も出来ないような監禁状態なんだろうさ」
「問題は魔王のレベルがどれくらい引き上げられたか。ギルドは把握していないのか」
「しかし、考え方によっては上限が上がるだけで、レベルがあげるわけじゃない。高レベル90台のモンスターにも限りがある。無闇やたらに上限超えのモンスターがいるとは考え難い」
「それは今の話だろ。経験値さえあればレベルは上がる。時間が経てば経つほどレベル100台の奴らが増える」
ガタイの良い戦士、魔法使いの女性、盗賊風の小男、騎士風の優男、眼鏡を掛ける薬士。
他にもあちこちで思い思いの発言が飛び交う。
その喧騒に紛れ、ゴホンゴホンと咳が幾つか払われた後に、どん、とテーブルが叩かれた。
「静粛に。場所を弁えない諸君らの態度に私は少々遺憾を覚えるよ。だがしかし、諸君らがこの話を聞いても尚、魔王討伐に意気込んでくれるのは頼もしく思う」
そうして、静かになる一室でデカルトさんの話は続く。
それは俺の予想を裏切ることなく淡々とした説明だった。
魔王。
人間に敵対する彼の者は、理由を求める必要がないくらいに倒すべき存在。
人は今までその魔王を倒す力を持っていなかったわけではない。
進んで事を為そうとする者が少なかっただけだ。
それが今、レベル99以上の猛者達が一斉に刃を向けたのだ。これほど心強く、目に見えて勝ち取れる未来はそうないだろう。
だが。
モンスターの長にして最強に位置する魔王のレベルが、今は未知数となる。
皆隠しているが、そこに不安を抱いているのではないだろうか。
たとえ皆がそうでなくても、ここに確かな者が一人はいる。




