35 趣味趣向は人それぞれ
他の冒険者達からこいつ何やってんだ? 的視線を浴びせられながら、床へ頬をつける俺は長椅子の下の奥へと腕を突っ込んでいた。
石材の土台の下、ホコリにまみれる床の壁際にはキラリと光るスキル珠。
ぴーんとツリそうなくらいに指先を伸ばす。
「うぐ、うぐ……くそ」
届かねえっ。
仕方がない、と一端長椅子の下から腕を抜き、とっておきを背中から引き抜くことにした。
蓑笠からニョキっと突き出るコブ。
その部分を掴み上空へ向けベクトルを掛ける。
降ってきた古代魔導師の杖をパシリとキャッチ。なかなかにキマったと自負して、細い方を先へコブを手前に椅子の下へ突っ込む。
戦闘では一度も使うことがない棒であるが、持ってて良かった長い杖である。
先に当たるスキル珠を掻きだすようにして、えい、と杖を漕ぐ。
床の上をスシャー、と小さな物体が滑る。
俺は杖をほっぽり出し、勢い余るスキル珠へと飛びついた。
「へえ、赤色だったのか、こういうのってちょっと暗いと全然色の感じが違うんだよなあ」
そんな感想を向けた俺の手の中には、ハート型の珠が収まる。
それで、アッキーがばら撒いていたスキル珠の1つを無事回収できた思った矢先であり、鼻の先。
この世界ではあまり見かけないハイヒールがあって、そのままそれを履く綺麗なおみ足に沿って顔を上げて行けば、タイトなスカートの裾を押さえ、すんごい厳しい目つきで俺を睨むポニーテールのお姉さんがいて。
「ええと、確か受付けにいた、キョウカさんでしたっけ……」
「貴方が何をなさりたいのかは存じ上げませんが、今のこの状況、周りからすれば、女性のスカートの中をのぞこうとしいている行為、いいえ、先程の物言いだと実際にのぞかれていたご様子のようですし、このまま踏みつけても誰も私を非難しないでしょう」
言葉の意味を理解する間もなく、有無を漏らす暇もなく、俺はガシガシと尖る踵で踏まれた。
どこかからか『ご褒美だよな』とか聞こえて来たので、俺にそんな趣向はねえっ、と心で返しながらに耐えた。
「では、イッサさん。私の気は済みましたので、もうそろそろお立ちになって下さい」
「……はい」
本来なら、誤解的見解の果てに行われたこの仕打ちに物申す場面であるが、
どうやら今日の俺は何かと邪な方向へ思考が偏っているようで、一瞬、彼女の”お立ちになって”にあらぬ部分のことを口になさったとか思った次第で、自分のくだらなさを反省して自重した結果の素直さである。
んで、抗議しなかったことを後悔もした。
起き上がれば側に、ジト、とした目で俺を見るカレンがいたからだ。
しつこいようだが念の為に補足すると、俺は身体的には立ってはいるが生理的には立ってはいないので、カレンはもちろん俺の顔に軽蔑の視線を送っている。
「いや、違うからね。絶対違うからね。カレンだって俺がアッキーのスキル珠拾い集めてたの知ってるでしょ」
「では、ご案内します」
「はい。イッサ行きましょうか。ルーヴァ達には伝えていますので」
瞬きの後、カレンの長いまつげを持つ目が真剣なものへと変わる。
俺もその空気の変化に合わせて、気持ちを切り替えた。
そして、背中にポニーテールの尾っぽが揺らす案内人の意図を察する。
ギルドの関係者が個別に声を掛けた俺とカレンはレベル100。
彼女は上限突破者である俺達だけを、どこかへ招きたいようである。




