15 そうは言っても私、あの黒い生き物は最大奥義で滅します
「うだはあっ」
俺は雑草の生える大地に寝転がる。
とにかく疲れた。
「なんとかなりましたね」
「そうね。ギリギリだったけれど、なんとか倒せたわね」
頭の方では、カレンとノブエさんの声。
「うお、デカ。ねえねえ、この赤いのが『輝く赤石』?」
足元の方では弾むユアの声。
「はい。それが『輝く赤石』です」
そうか、当たりだったか。
ジュエルドラゴンとの戦いに夢中になり過ぎて忘れるところだったが、これが本来の目的だったっけ。
「イッサも教会送りにならずに済んだことだし、幸先いいわね~」
空を見上げる俺の目に、角刈りのおっさ――乙女が。
俺を見下ろすノブエさん。
その反対側に対照的な小さく綺麗な顔があった。
「神がかり、そう言っていいような回避術でしたね。イッサは何か、そういった特訓でも積んでいたんですか」
「いいや別になんも。運動系の習い事とかもやってないし。つか、避けるなんて、人間誰しもが持ってる本能だろ。恐竜から襲われているようなもんだし、そりゃ俺の体も、緊急事態信号発動でリミッター解除の動きにもなるさ」
「そうよね。人間誰しも、一つくらいは取り柄があるものだわ~」
「ノブエさん、それだと俺が逃げる以外、他にないみたいに聞こえるすけど、ぐわ」
どんと腹の上に、跨がり乗ってくる馬鹿がいた。
「ほらほら、見てみ、見てみ。これが『輝く赤石』だよー」
俺に馬乗するユアが、野球ボールくらいの大きさの赤い宝石を見せつけてくる。
「わーたから、降りろよ。重てえだろ」
「女の子に重たいとか、失礼しちゃう男の子だねイッサは。だからモテないんだよ」
「はいはい、左様でございますか」
ユアを退かすようにして起き上がる。
「しかし、ノブエさんが完全に回復役に徹した分、火力不足な感はあったよなあ。カレンの獅子の咆吼がなければ、結構キビしかったような……」
『獅子の咆吼』は、カレンのライフゲージが30%以下になると発動し続けるブースト系の特性スキルだ。
効果対象はパーティ全員で、敵に与えるダメージが3割増しになる。
ちなみに、ノブエさんの『魅惑のウインク』は商売人が対象で、たまに値引きを誘発してくれる効果を持っている。
念の為に補足しておくと、所有者の見た目は発動率に影響していない模様のようである。
「私としてはポコポコ敵を叩くより、みんなを癒やすことのほうが楽しいから、大変満足した戦いだったけれど、その点は感じるわよね~」
ノブエさんの場合ポコポコってより、ドカドカだけどな。
「俺がもう少し『ティラゴ』を連発できたら良かったんだろうなあ。けど、避けるのに精一杯でさあ……」
「何しおらしくなっちゃって~。イッサはよく頑張ったし、役目はきっちり果たしてるわ。あの避けっぷり。うふ、今からでも忍者に転職できるんじゃないかしらん」
「そうそう、ガンバたー、ガンバたー。ここ最近じゃ一番役に立ってたんじゃないの」
「正直言うと、私もここまでイッサが期待に応えてくれるとは思っていませんでした。本当に頑張りましたね」
うーん。
あんまそう褒められても――素直に照れるぜ。
「あれだな。やっぱこう強敵にみんなで戦って勝利するって良いよな。アツいつーか。青春してるつーか」
「だね。ウチも結構燃えたよお。今までで一番レベル差ある敵だったしね」
「ですね。生き物を倒すことを楽しんでしまう事に、少しながら不謹慎な思いはあるものの、私もギリギリの戦いに身を置けることを楽しんでいました」
カレンらしいのか、不謹慎と言えば不謹慎なの……かな。
加えて、人に害のあるモンスターならまだしも、ジュエルドラゴンは高価な宝石を落とす、その理由から倒されるからなあ。
あいつらに同情しなくもない。
まあ、このモワっとした気持ちの拠り所として、倒したモンスターが俺達が教会送りになるように、魔界送り(正確には魔監獄という名の場所のようだ)になるらしいのが救いだな。
ドラゴンも本当に死んでしまうってことじゃない。
そういや、カレンの目的である魔王の場合はどうなるんだろ。
「あとあと~、こういった反省会も楽しいものね~。事後のトークって大切よん」
なぜノブエさんは俺を凝視する。
「ねえねえ、イッサ。ウチさっきの戦いでレベルUPできるんだけど、『とっておき回復』どうしようか?」
『とっておき回復』は勝手につけた呼び名で、レベルUP時による全回復を指す。
ユアのどうしようかは、ライフやSP手段が限られているので、戦闘中ピンチの時にレベルUPしたほうが良いだろうかの意。
ただ、ピンチを通り越して教会送りになった場合は経験値が半分、レベルUPできてたのにっ、と後悔することになる。
結構このパターン多いんだよね。
みんな、勿体ない根性が強いと言うか。
ユアに『英雄の帰還』があったとしても、保険としては弱い。
『ふんばーる』は一つしかないしなあ……ここはやっぱり、
「うーん。相手が相手だからな。とっておき回復に使うのは危ないかもな」
「うんうん、だよね。分かった」
それだけ言って、ユアはコンソールを操作してピッ、ピッ。
ユアの小柄な身体のラインを縁取るように光が走る。
「ちゃらら~ん。ユアちゃんはレベルが上った。美貌が3上がった。ユアちゃんはますます可愛くなった」
「3か、おめっとさん。んじゃま、ユアのステータスも上がったし、次の戦いに備えて動きますか」
ドラゴン日和の空の下、和やかな一時。
どこかの少年マンガではないが、一つ辛い戦いを乗り越えると仲間の絆は強くなる。
そしてその体感は、とても心地よくずっと浸り続けていたいくらいだ。
ただ、このままこの心地良さに呆けている訳にはいかない。
今『輝く赤石』は一つ。
俺達の戦いは、始まったばかりだ。