1 戦闘中によそ見をしてたらいけません。
◇ ◇ ◇
レベル99。
次のレベルまでに必要な経験値は『0』ポイント。
何度見ても変わり映えしない、手元に浮かぶステータス画面。
「こら、何ボケッとしてんのよっ。アリアントそっち行ったよ!」
「はがっ」
俺はユアからの忠告を無駄にする。
デカい蟻ん子のモンスターに体当りされ、ふっ飛んでしまった俺。
ギュイ~ンとライフゲージが減り、緑から黄色、そして赤色へ。
どうやら痛恨の一撃をくらったようだが、さすがは職業魔法使い。
物理耐性ペラッペラの紙だ。
たかだかレベル50ごときの敵にこれだからな。
バシュバシュ。
荒れた大地の上で転がっていると、俺を襲ったアリアントにダガーの双剣による連撃。
目の前ではアクロバティックに回転して、スタっと着地した褐色の肌がきらめく職業盗賊の娘。
上半身は胸を抑え隠す上着というよりチチバンド。
下半身はホットパンツ、とこの上ない身軽な格好だ。
加えて、ショートカットが似合う活発な美少女と言うことで、眺める分には何も文句はないのであるが。
「ちょっと、勝手に死なないでよね。教会に迎えに行くのメンドーなんだからさ」
「へい。すみません」
「ほっんとイッサってば、レベル99のくせに役に立たないね」
本来なら格下であるレベル40台の奴から、こんなことを言われる筋合いもない――のだが、俺の”運”の悪さがこの惨めな関係性を成り立たせていた。
俺が学生生活を送っていたある日。
なんの前触れもなく飛ばされたこの世界はいわゆる異世界というのか……。
モンスターに、冒険者ギルドに、ファンタジー系のゲームの要素満載の世界だった。
更には、ゲームのようにレベルやら能力ステータスやら、数値化されたパラメータが存在しており、その影響がもろに反映されるのだ。
数値を上げるのに基本となるのは、やはりレベルアップ。
レベル上げはモンスターを倒して得る経験値によって可能なので、まず、倒しまくって必要量の経験値を貯める。
次に常時よく使うコンソール画面を呼び出し、『レベルUP』を選択すれば良い。
誰でもできる簡単ななんとやらだ。
今俺のステータス画面には、《次のレベルまでに必要な経験値は『0』ポイント》とある。
が、これは経験値無料で次のレベル上げができるという意味ではなく、もう幾ら経験値を積もうとも”上がらない”、頭打ちという意味だ。
つまり俺、最高レベルの冒険者。
なのにユアから馬鹿にされるのは、そのステータスのパラメータに原因がある。
この世界に於いて、一つレベルが上がると、まず各基本能力値へ振り分ける用の『ポイント』の抽選が行われる。
それは【1ポイント~5ポイント】の範囲のいずれか。
そして、選ばれたのが仮に【3ポイント】だったとすれば、この【3ポイント】が、ゲームで馴染みのある体力とか攻撃力、魔力、素早さなどへランダムに振り分けられる。
初めはそう気にもしなかった。
経験値が貯まりレベルを上げた時、引き当てたポイントが【1ポイント】でも『まあ、そんな時もあるさ』と笑っていた。
しかしそれが、5回連続、果ては10回連続を記録し、【2ポイント】を引き当てた回数も数える程度、【4や5ポイント】なんてまだ見ぬ世界状態。
チリも積もればなんとやらと言うか、チリしか積もらなかったが正しいのか。
上限の99に達した頃には、他の冒険者のレベル30~40の平均的な基礎数値と大して変わらない値にしかなっていなかった。
「初めて会った時は、うわあ、レベル99の人がパーティに加わるなんてラッキー☆ とか喜んだものだったなー。あの時のウチの喜び、利子つけて返してくんない?」
「ユアも俺を見捨てるのか」
「さあ、どうでしょうか」
悪戯っぽく笑ってみせたユア。
そのつもりはないようだが、冗談でも凹むところであるからして、もっと優しくして欲しいものだ。
今までいろんなパーティに加わっては、ユアのように『レベル99なのにねえ……』と嘆きと哀れみを貰い、ぼっち化していった俺なのだから。
「ふう、片付いた。もうアリアントったら、すっごく固いから苦労しちゃったわ~」
太い喉を無理やりすぼめて、頑張って”女性の声”らしく発せられる声音。
この声、気持ち悪いとか思っても我慢するしかない。
俺はもう慣れた。
角刈りのガッチリした図体のノブヒロ――もとい、源氏名ノブエさんは、ライフゲージやスキルゲージの回復手段が少ないこの世界では、貴重なヒーラー職の方である。
中年のおっさんと思われるのを荒れ狂うようにして嫌うので、乙女として接するのがベターなノブエさんが、メイスを担ぎ内股でどしどし小走って来る。
もう一度言いたくなったから、言うが、俺はもういろいろ慣れていたので平気です。
「相変わらず、ノブっちの打撃すごいね。後衛職の僧侶のモノじゃないよ」
「あら、そんなことないわよお。ただ私のステータス『攻撃』にポイントが偏ってて、気づいたらその辺りの戦士より、ちょっとだけ力強くなってただけよ。ほんとちょっとだけ、ちょっとだけよ~」
ちょっとだけッスか……。
俺の前いたパーティーの戦士が、レベル70くらいで、確か81だったか。
パーティー契約を結んでいると、相手のステータスも確認できる――
【レベル58 ノブヒロ――僧侶】
体力値……53
攻撃力……81
防御力……32(△42)
魔法力……48
素早さ……23
器用さ……15
・《特性スキル》――魅惑のウインク<+3>
・《追加スキル》――打撃効果25%UP<+4>/防御力ブースト<*>/SP消費軽減-2p<+2>
「レベル70の戦士と一緒の攻撃力81に、打撃25%が加わるのか……うほ、火力十分なことで。俺ときたらこれだからなあ」
【レベル99 イッサ――魔法使い】
体力値……37
攻撃力……32
防御力……26
魔法力……35(△46)
素早さ……38
器用さ……32
・《特性スキル》――子供の成長期<*>
・《追加スキル》――魔法力ブースト<*>/SP消費軽減-5p<*>
どこの世界でも人生の軌跡を後戻りはできないようで、もうこのステータスが変わることはない。
「レベル99の魔法使いが30%のブースト掛けたものよりも、ノブエさんの魔法力の方が上って……何この、胸の中で木枯らしが舞う感じ」
はあ、と溜息をつく俺の側では、一仕事終えた褐色乙女と乙女もどきがキャイキャイ騒いでいる。
「次のレベルまで、あと1000くらいかあ。悩むなー。追加スキルの五段回の方を早く上げたいんだけど、なんかウチ、次で新しい技スキル覚えそうなんだよねー」
「あら、ならそうかもね。ユアの勘は良く当たるから、どんなスキルか楽しみね~」
楽しみ……ね。
随分と、そのわくわくな期待感とは縁遠いな俺。
さりとて、とりあえず――、
「なあ、腹も減ったし。街に戻ろうぜ」
「はい、はーい。今日ウチ、汁モノがいい」
「あ~ん、ユアのそれ。なんか、いやらしい響き~」
こうして、魔法使いイッサこと俺、盗賊職ユア、そして、オネエ職兼僧侶職ノブエさん3人のいつもの一幕が終わる。