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教室で独り

作者: 朽無鶸

 生まれるときも死ぬときも人は独りだ、なんて大人びたことを考えながら、僕は教室で授業を受けていた。なんでこんなことを考えているのかということに、特に理由はなかった。単に頭に浮かんだだけなのだ。強引に理由を考えるとするなら一つだけある。暇だ。演習と名付けられた授業は、解き終われば暇で仕方ない。テストのような緊張感があればまだしも、演習ごときでは無理だ。監督の先生もいない。また不幸なことに、ここまで早く終わったのは教室内で僕のみであった。教室には鉛筆が紙を擦る音がハエの羽音のように渦巻いている。不快だ。たまに聞こえる咳払いが楽しみに感じるくらいだ。自分でも異常な気がしている。

 眠気でもあれば寝るのだが、こういうときに限って、目も耳も冴えてしまう。どうせなら、と続きを考えることにした。生まれるときも死ぬときも人は独りだ。ならば生きている間はどうなのだろう。

 多くの人は独りではない、と答えるに違いない。僕も人前じゃそういうだろう。だけど実際のところ疑問だ。本当に僕らは独りではないのか。とはいっても、いや独りだ、という結論に達してしまうのも何だか気に食わない。なぜなら、独りという言葉はさみしい感じがするからだ。何だか残念な人間みたいで嫌になる。しかし、そうなるのも無理はないのかもしれない。

 小さい頃から僕には友達と呼べる存在はいた。同じこの教室にだってたくさんいる。昼食を共に食べ、休み時間には会話をし、帰りは一緒に帰る。僕は嫌われているわけでも、いじめられているわけでもない。でも、僕は独りだ。一人ではない。でも独りだ。

 そうしている間にも時間は刻々と過ぎていくが、終わるまでにはまだ長い。相変わらず教室には雑音が渦巻いていた。変化がないというのは実に退屈だ。僕らは皆自分の席に座り、手だけを動かしている。手以外は動いていないといっても差し支えない。

 独りについて考えるのも飽きたので、最近流行っているペン回しというのをやってみた。ある友達がとても上手で、前に教えてもらった。基本的な技は会得したものの応用の段階のものはまだ何もできなかった。そこで、この時間を使って練習しようと思ったのだ。

 回しては失敗し、鉛筆を落とした。落ちる音と転がる音が、空の机の中で反響する。たまに床にまで落としてしまうので、僕の動きは激しくなった。僕だけがこの空間で不規則に動いていた。

 次第に目的が変わった。落とすときの音を聞くのが楽しくなった。あくまでわざと落としているわけではないので、毎回予想のつかない音がする。そこで、僕は鉛筆からボールペンに変えてみた。一種の好奇心が湧いてきたのだ。また、違う質の音が机の中に反響した。僕はその音を楽しむのであった。

 次はカラーマーカー、その次はインクペン、その次はシャープペンシル、というように、筆箱の中に入っているものを、いくつも試していった。たとえ同じものを落としても、同じ音は一つとして存在しなかった。なるほど同じものは何もない、という無常的なことさえ思った。そういえば騒音はまったく耳に入っていなかった。僕はペンを落とすときの音しか聞こえていなかったのである。

 知らぬ間に時間が経った。ふと周りを見ると、多くの人は解き終わって、僕と同じように暇をするようになっていた。ある者は眠り、ある者は落書きをし、またある者は外の風景を見ていた。もう少しで授業時間も終わりを迎える。僕はペン回しをやめて、時計を注視した。

 するとまた騒音が耳へと入ってきた。数少ないまだ解き終わっていない人が粘っている。必死な姿が滑稽に思えてくる。僕がずっと前に終わったものを、彼らはまだ倒せていない。しかしこれは中傷の感情ではない、優越の感情だ。今でこそ僕は多数派だが、一番だったことに変わりはない。

 終了の時刻になり、教室がどっと沸き返った。どの問題が分からなかっただとか、難しかっただとか話している声が聞こえてくる。僕はそれを聞きながら優越感に浸るのであった。自己採点だったので、自分で丸をつけた。途中からペンのインクがなくなっていたのか、段々と掠れてしまった。他に持ち合わせもなく、借りるのもめんどくさかったので、そのまま強引に丸をつけた。満点だった。右上に大きく100と書き、机の上に放置して、わざと大あくびをした。

 何人ものクラスメートが僕の元にやってきた。きっと僕の答案を褒めるに違いない。しかし、期待は空振りに終わった。彼らはペン回しのことを指摘した。いくら暇だからってうるさい!とやや強めに言われた。しかし、僕は面白くて、思わずこんなことを口走ってしまった、お前らの方がうるさかったじゃないか、と。彼らは──今思えば当たり前なのかもしれないが──怪訝な目つきになった。残念ながら、彼らに僕の言葉は伝わらなかったようだ。あの退屈な音を破ってあげたというのに、酷い扱いだと思った。誰かに分かってもらいたかった。不意に思った、僕は今、独りだ、と。

 このことは笑って終わったが、彼らは最後まで僕の答案には触れなかった。自分の思い通りにいかなかったことが悔しく思われた。でも諦めに近い気持ちもあった。他人に共感することなんてできはしない。できてもそれは完全ではない。結局他人と理解し合うことなどありえないし、僕らは生まれてから死ぬまでずっと独りなのだ。僕はふっ、と息を吐いた。

 彼らが去った後で、僕は答案を見返した。完璧な答案だ。しかし、嫌なものが目についた。掠れた赤い丸が雰囲気を壊していた。僕は何だかどうでもよくなってしまって、その答案を丸めて捨ててしまった。


純文学第三弾です。相変わらず上手く書けません。自分でも何が書きたかったのかが分からなくなってしまいました。ちなみに自分の体験を骨格にしています。完全創作ではなく、こういうタイプも書いてみたくなったので書いてみた次第です。

批評お待ちしております。厳しいものでも構いません。もっと上手く書けるようになりたいです。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  ふと新着短編の欄に文学の文字を見つけ、本作を拝見しました。このサイトではやはりライトノベル系の話が多いので、ある種新鮮な気持ちで読む事ができたと思います。  内容ですが、「僕」の考えてい…
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