第189話:視点と形式
~解析現場~
*うーむ、過去の私はいかにしてこのような混沌を理解できていたのだろうか。*
*…いや、いくらかつての自分とはいえ、混沌を混沌として理解していたわけでは決してない。*
*その時その時の自分は、常に狭い課題に向き合っていた。*
*その課題を解決すべく、数行を書き、実行して上手く行けば喜ぶ。*
*どの部分がどの部分を呼び出していようと、何が何に依存する結果になろうとも、*
*当時の私には知ったことではなかったのだ。*
*現状を改善し、その時の課題を解決しようとする、過去の自分の一歩一歩の努力。*
*その結果、大局的な流れが全くもって理解不能な代物が出来上がった。*
*というか、どの時点の私にも、決して大局的な視点などなかった。*
*目の前の問題をどう解決し、そのためには何が必要か、ひたすら考え書いていただけだ。*
*この構造を、数多くの住民が自らの思い思いに構造を作っていった都市に例えることもできるだろう。*
*為政者の計画のもとに設計された都市と異なり、建物の建造年が不統一だったり、*
*交通機関を管理する会社が多数あったりと、どこかぎこちないが、*
*それでも都市としての機能は申し分なく果たしているのだ。*
*とはいえ、当時の視点が失われた今、私に残されているのは大局的な視点のみ。*
*当時の記憶が失われた今、私に残されているのは複雑に絡み合った行のみ。*
*今できることといえば、形式的に全体を追いかけて、依存関係を明示することだけだ。*
*依存関係さえ分かれば、どの行が具体的に何をしていようと知ったことではない。*
*互いに依存しているものを一つの部品としてまとめ、その部品にもっともらしい名前を付ける。*
*これを繰り返すことで、意味論を介することなく、長大で難解な行の集まりが正しくぶつ切りにされる。*
*そうしてぶつ切りになったものなら、未来の私が理解できるはず。*
*頭が疲れている現在の私にはそれぞれの部品の役目を解き明かすことはできないが、*
*ぶつ切りという機械的な作業を頭が疲れている今やっておけば、*
*疲労が回復した未来の私がそれぞれの部品に意味付けをすることができるだろう。*
*きっとそうに違いない。多分。*
*さて、こんな訳の分からないことばかり考えていないで、さっさとぶつ切り作業を進めてしまおう。*
*もう少しでこのぶつ切りも終わるはず。そうしたら今度は部品どうしの依存関係を探るのみだ。*