機構乙女の恋心
「はぁ…何故、私はこのような物を買ってしまったのでしょう…」
一人の少女が空を見上げながら溜息をついた。
彼女の名前はイザナミ。とある富豪に仕える家政婦ロボットだ。
主の仕事が一段落したということで、先日より数日ばかりのお暇を頂いた身である。
お暇――それは従者にとっては長い勤労の疲れを癒す為のもの。ましてや、彼女は家政婦ロボット。休日を貰える事自体、なかなかあるものではない。
その為、本来は跳び上がって喜ぶ程のものであり、実際彼女も朝まではそうしていた。
だが、買い物に出かけてから、少し変わったのだ。
―数十分前(イザナミ視点)―
私が市場に入ると、いつもとは違った活気に満ちていた。
数々の店先にノボリやハート型のバルーンが浮かび、幸せな甘い香りが満ちている。
心なしか店先には女性の人数が多い気もする。
「今日は祭りか何かなのでしょうか・・・?」
不思議に思いつつも、短いお暇を有効活用しなければならないことを思い出し、目当ての店まで行こうとすると、何処からか元気のいい声が聞こえてきた。
『さぁさぁ!今日は気になるあの人に気持ちを伝える大事な日!バレンタインデーだ!普段は素直になれないシャイな貴方も、チョコに心を込めて、伝えられるよ~!』
なんとなく声のほうを向くと、小さな洋菓子店の店員がノボリ片手に呼び込みをしていた。
ノボリには、可愛らしい文字で『バレンタインでぃ~貴方の気持ちをあの人に~』とか書いてある。
「ばれんたいんでぃ・・・?」
一体、「ばれんたいんでぃ」とは何だろうか?
バレンタインという人の日なのだろうか?それとも、バレン・タイン・ディという名前のお菓子なのだろうか?
そんな事を考えていると、いつの間にか私は店先で立ち止まってしまっていた。
すると、待っていましたとばかりに、店員が満面の笑みで話しかけてきた。
「いらっしゃい!どうですか?バレンタインデーに大切な人に当店のチョコのプレゼントでも!」
「えっと、その・・・バレンタインデーって、一体なんですか?」
素直に疑問をぶつけると、店員は少し意外そうな顔をしつつも、答えてくれた。
どうもバレンタインデーというのは、バレンタインという人の日で、大切な人に送り物をする日でもあるらしい。
関心して聞いていると、店員は話の最後にいたずらそうな笑いを浮かべ、言った。
「でも、今は大切な人・・・大好きな人に、チョコで気持ちを伝える日でもあるんですよ!貴方も、どうですか?大切な、あの人に」
「大切なあの人なんて、いな・・・」
何となく否定しようとした時、一瞬若き主の顔がよぎった。
すると、何故か一気に顔が熱くなりだして、胸がキュッとした。
店員は私の変化を面白そうに見ながら、再度言った。
「やっぱり、いるんじゃないですか~。きっと、その方も喜ばれますよ?」
「なっ!にゃっ!何を! ど、どちらにしても、私は家政婦ロボットですし!」
「あれま、そんなの関係ないですよ~。大切なのは、気持ちを伝えること!きっと、心が温かくなりますよ?」
「う、うぅ~!」
何故か言い返すことが出来ず、気付けば私はチョコを買っていた。
―現在―
「一体、私はどうしたいんでしょう・・・」
いつの間にか、私は主の部屋の前に来ていた。
チョコを買ってからというもの、主の顔が浮かんで消えない。
そして、動悸も激しくなって、顔が今までにないくらい熱い。
理由は分からない、でも解消法は何故か分かっている気がした。
きっと、主に会えば…この動悸も、熱も、無くなるに違いない。
早く、この気持ちから開放されたい――そんな思いで、私は部屋のドアを押した。
すると、主はベッドに腰かけ、いつものように本を読んでいた。
しばらく、言葉もなく立ち尽くしていると、私の存在に気付いたのか、主が柔和な笑顔で話しかけてきた。
「おや、イザナミじゃないか。休日なのに、今日はどうしたんだい?」
「えっと、あの、その・・・」
動悸が、さらに激しくなる。まるで、ずっと走っているかのような、感覚。
手足も痺れて、感覚が鈍い。
自分が、ここにきて一体なにをしたいのかも、あやふやだ。
でも、気付けば上手くは言えないながらも、言葉が口をついて出ていた。
「あの・・・当主さま!きょ、きょうはバレンタインデーらしいですよ!」
「ああ、そういえば、そんな日だったかもしれないね・・・。部屋で本を読んでいて気付かなかったよ」
「そ、そうですか・・・あの!私、いつも当主さまと一緒にいられて幸せです!できたら、その、これからもずっと一緒にいたいです! だから、その!気持ちです!」
半ば押し付けるように、私はチョコを渡した。
すると、一瞬驚いたような顔をしつつも、主は嬉しそうに受け取り、私の頭をそっと撫でてくれた。
「ありがとう、イザナミ」
「は、はい!」
私は、嬉しくて、暖かくて涙をながした。
Happy Valentine
とある関係で書いた小説です。
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