風花
「あれ? 何か降ってない?」
「ああ、風花だね」
「かざ……? 何?」
「『かざばな』風の花って書くんだけどね。
今日みたいな冬の晴れた日に降る雪のこと。まるで花びらが舞ってるようだろ?」
「うん……綺麗ね……」
そう言いながら少女は手を差し出していた。その手の上にひらひらと雪が舞い落ちている。
自分の手の上で儚くとけていく雪を彼女はじっと見ている。その表情には年に似つかわしくないような憂いが潜んでいるようだった。
「どうかした?」
自分の横にいる少女が今にもフッと消えてしまいそうな気がして、彼はささやくような声でそう言っていた。
ささやきかけながらも右手はしっかりと少女の手を握っている。
彼女が消えないように……どこにも行かないようにと……
「どうもしないの……なんか、あんまり綺麗だから……」
そう言って、少女は微笑みながら彼の目をみていた。『何を心配しているの?』とでもいいたそうなその瞳に彼は苦笑するしかないようだった。
「なんか、君がどこかに行ってしまいそうな気がしてさ。そうやって風花を手に受けてるとさ……」
「なんだ、そんなこと?」
いうなり少女は花のような笑顔を浮かべていた。
クスクスと笑うその姿は今にも雪と一緒に消えていきそうで……
◇◆◇◆◇
「どうかしたの?」
自分の横でいきなり澄み切った声が響いていた。その声の先には何よりも大切なもの……
あの時、風花を受けていたその手が自分のそばにある。あのときに感じた不安はなんだったのだろう。
「あ……また降ってる……」
「何が?」
「風花」
彼女の声にそっと外を見てみる。たしかにそこにはハラハラと花びらが舞うかのような風花……
「あの時のあなたって、ホント、おかしかったわ」
そういいながら彼女は微笑んでいた。もっとも、それを言われると、彼はいつもバツが悪くなってもいる。
風花を受けていた少女を抱きしめて
「行くな」
といったあの日のこと。
何度もその理由をきかれた。でも、理由はどうしてもいえない。
それはそうだろう。
今にも彼女が消えてしまいそうに見えたからだとは、何があっても言えることではない。
しかし、今のこの時間はそのことがあったから手に入ったともいえるのだろう。心安らげるこのひととき。
外で降っている風花は冬の光を浴びてキラキラと輝いている……