第24話
―あの方がここに入ってしまわれたのはいつだったか、私には遠い過去のことのように思える。
お優しいあの方、けれど昔からのしきたりを重んじておられた。だからあの時も反対されたんですよね? 私、実はあの考えに賛成でした。人間との交流を持つということ…。
私は昔、人間に仕えていた。命を授かってから約四年間、人間の女性に仕えていました。この事実はあの方に直接お話したことはなかったけれど、きっとあの方は気付いておられた。
あの時、議会であの方に賛同したのは半分は側近であったから、残りは…。あの方に好意を抱いていたから、不純な動機ですね。
だからこそ、私は今、このような行動をとっているのかもしれない。
そう、償おうとしている。―
「普電! こっちも終わったよ」
湖満は倒れているイガードの横で、元気に手を振り普電を呼ぶ。普電はすぐに湖満の所に行く。
普電が先程まで尋問していたブルニアルスは、ライクの術によって動きを封じられている。
明らかに上下関係が逆転してしまっているが、この場合は仕方ないのだろう、それぞれ得意分野というものが存在するのだから。
「湖満…あなたがやったの?」
「そうだよ」
倒れているイガードの状態を見て、顔を多少ひきつらせながら湖満に尋ねる。
彼女が顔をひきつらせるのも無理はないだろう、イガードは完全に気を失い、肌には無数の痣。かなりやりすぎな感じはした。
「ばか、俺だろうが。さっきので俺が五万七千四百十三体、お前が五万七千四百十一体で俺が勝ったから悔しいのか? あ?」
いきなりベルバーが湖満につっかかってきた。
「違います! 五万七千四百十二体! 一体足りません!」
「一体ぐらい変わんねぇよ」
「いいえ、変わります!」 どうやら、先ほど塔に入る前の競争の話をしているようだ。そんな二人の横に普電が立った。彼女は一つ息を吐いて。
「その話は…他所でやっていただけませんか? 私はこの方に…聞きたいことがあるので」
なんとも言えぬ威圧感に二人は何度も頷き、逃げるようにしてその場から立ち去り、後方からブルニアルスを縛ったままこちらに歩いてくるライクの所へ行った。
それを見届けた普電は振り返り、倒れているイガードを見た。
「えっと…イガード、とお呼びしましょうか。単刀直入に言います、あなたは本物ではありませんね?」
一応イガードの表情も見れるように床に座り、聞いた。
「…あぁ」
イガードは痛みに耐えているのか、多少顔を歪ませる。そんな彼を気遣うわけもなく、普電はさらに聞いた。
「そうですか…イガード、本物はどこにいます?」
「知らない」
普電と目を合わせないようにしているのか、目だけは違う所を見ている。何かあると考えた彼女はさらに深く問う。
「…では、本物と共にいたのは誰でしたか?」
「……」
「答えませんか?」
イガードは沈黙を続けようと、口を固く閉じていたが目の前にいた普電が弓を構え、イガードの顔に向けた。
『どうせはこの世から直ぐに消える運命なのだが、少しでも長く生きたい』
彼は作られた存在。だが、彼には生への執着心が芽生えていた。固く閉じられていた口が開く。
「…イガード・シュレス、ブルニアルス、史遠」
順番に名前を述べていく。ここまでは全員冷静に聞いていたが、次の名前を聞いたとき、何人かが動いた。
「グラダ・バスク」
「本当か!?」
「ライク様!」
離れた場所にいたライクだったが一瞬にして普電の横に座り、倒れている彼を無理やり起こし、胸ぐらを掴む。普電がすかさず主を制止する。
イガードは再び床に倒れたが、仰向けになった。
「本当にグラダだったのか?」
イガードは少し咳き込みながらも頷いた。
「あの手紙は本当だったのか…」
ふと口から出た言葉、慌てて口を塞ぐが時すでに遅し。それを近くにいた普電が見過ごすはずがない。
「あの手紙、と言いますと?」
「あ、いや…」
普電からの追求に言葉を濁すライク。
「教えていただけませんか?」
さらに詰め寄る普電に諦めたのか、一つ息をついて話はじめる。
「…ここに来る前、私の所に一通の手紙が届いた。父からだった。手紙には父が史遠と共に行動していること、そして、今回の彼らの目的、父がやろうとしていることが書かれていた」
「それは?」
そこで言葉を切ったライクに、普電はその先を催促する。
「彼らはルイの封印を解こうとしている、そして、父は…」
再度言葉を濁したライクは俯き、地を見つめていた。
「言えませんか?」
「すまない、これ以上は…」
自分が優位にっている、と言っているようにライクからすべてを聞き出そうとする。
「あなたは、父親に術をかけましたね?」
「! 普電…脅しか?」
彼女の問いにライクの顔が上がる。彼は身体中から汗が吹き出るのを感じた。
ライクの質問には答えずに、普電はライクの過去を話はじめる。この話は六大大精霊であるダストやファスト達しか知らないはずだった。
「あなたがまだ幼かった頃、まだ中精霊だった時でしたね? 神童と呼ばれた貴方は大精霊昇格のための資格の一つとして認められる、新術の開発を選んだ」
「普電!」
楼焔が普電の背後から叫ぶ。だれもがこの普電の行為に対し、頭がきていた。
「新術開発のための実験台が欲しかった貴方は皆に聞き回ったが、そんなことを承諾してくれる心の広い人などいなかった。そこに貴方の父親が」
「もう…良いだろう」
低く暗いライクの声に普電の口が止まる。
「話しますか?」
ライクは彼女の上司であるはずなのだが、普電はそんなことを気にすることも、今までの発言も詫び入れることもなくさらに追い込む。
もう、我慢の限界だった。
「普電! やりすぎよ、これ以上の詮索は許しません。あなたは下がりなさい!」
「は、はい…」
背後からのダストの言葉に体を飛び上がらせ、普電は大人しくライクから離れた。
ライクに視線を向けると、彼は目を合わさないようにしているのか、また下を見ていた。
「ライク、無理なら話さなくてもいい。ただ、私達を頼って、一人で抱え込まないでほしいの」
目を合わさない彼だが、必死に声をかけた。ライクはゆっくり目を上げ、ダストを見た。
「その言葉、前にも言われたな…」
彼の声は意外としっかりしており、周囲を安心させた。
それから息を大きく吸い込み、吐き出す。深呼吸を終えたライクは言った。
「全てを皆に話そう、皆には知る権利がある。いや、知らなければならない」
何人かが息を飲む音が聞こえた。目の端には、こちらに来ようと移動してくる桜焔と蒼葉の姿がうつった。
そして、ライクが語り始めた。
ガァン!
「……ん…」
女は外の轟音で目が覚めた。どうやらずっと氷に身を寄せて寝ていたらしく、身体は冷えきっていた。
ガァン ガァン
「どうやら史遠…あんたも潮時なんじゃねぇの? イガードの仲間達が彼を助けに来たようだ」
地面に手足を縛られ、身動きがとれない少年がうつ伏せのまま、顔だけを上げて女に言った。
その言葉を聞いて絶望の色も見せず、むしろ、紅い口が形をかえ笑みを浮かべた。
「それは好都合…」
女は立ち上がり、手を胸の前で組み何かを唱え始めた。
外では未だに轟音が鳴り響いている。