第23話
「普電。とにかくこの無意味な戦いを止めよう」
楼焔は普電と向き合い、肩を掴んだ。普電は下を俯いたままだ。
「普電!」
楼焔が再び声をかけ、今度は体を前後に揺らした。
すると、彼女の肩に置かれていた楼焔の左手に、彼女の左手が添えられた。手の動きを止め、まだ俯いたままの普電の顔を覗き込もうとする。
彼女は不意に顔を上げ、楼焔に真剣な目を向けた。
「…楼焔。私が今から言うことをしてもらいたいの」
暗い彼女の声、その後に続けられる彼女の言葉を楼焔は必死に記憶していく。
「…以上よ。よろしくね」
「わかった」
楼焔はすぐさま行動に移した。
ピィー、楼焔の口笛が辺りに響き渡る。そして、どこからともなく真っ白い鳥が現れた。
「お呼びでしょうか?」
真っ白な鳥は地に足を着けると、楼焔に礼儀正しくお辞儀をした。
「ガラシャ、頼みたいことがある。まず一つ、この文を下にいるダスト様に届けてほしい。二つ目はイガード様の居場所を突き止めてほしい、そこには史遠も居ると思うから気を付けて。以上だ」
「分かりました…お言葉ですが、楼焔様」
「なんだ?」
まっすぐに見てくるガラシャの眼は、哀しみの色をうかべていた。
「…無理をなさらないで下さい。種果を使われたのでしょう?」
ガラシャの言葉に静かに目を閉じる。
「……ガラシャには隠し事ができないな」
肩をすくめて苦笑いをうかべる。
「あれはあなたの命までを縮めてしまうもの!」
ガラシャは楼焔に言葉を続ける。
「わかってるよ…でも今は任務を最優先に…ね」
「…はい」
楼焔に言われ、ガラシャは納得もしないまま任務に向かうことになった。
ガラシャは白い大きな羽を羽ばたかせ、宙に浮かぶとその場から消えた。
「よし……くっ!」
ガラシャが任務に向かったのを見届けた楼焔は他の任務に向かおうとしたが、まるで雷に打たれたかのような激痛が身体中をはしった。痛みにそのまま楼焔は膝をつく。
「ちっ、やっぱり…きたか…ぐっ」
立ち上がろうと膝に手を置き力を入れる。しかし、体は思うように動いてはくれなかった。
目の前では普電とライクがさきほど普電が言っていた作戦にうつっている様子が伺える。おそらく自分の背後ではファストが一人、イガードとの戦いに耐えているのだろう。自分が行かなければ、と気が焦る。
「ファスト様を…お守りしなければ…」
額に滲み出る汗をそのままに、ゆっくりと立ち上がる。
「なにやってんの?」
背後から聞いたことのある声がした。確かこの声は…。
「湖満…ですか?」
「そうよ」
振り返るとそこには多少服は汚れているが、無傷で立っている仲間が居た。
「なぜここに、下の魔物達は…」
「私とベルバー様が居るのよ? ちょちょいっとやっつけてきたわ」
彼女は立ち上がれずにいた楼焔に手を貸し、引っ張るようにして立ち上がらせながら答えた。
「そう…ガラシャは!?」
「あの白い鳥? ちゃんと来たわよ。でも私達がもう塔の半分以上を登りきったときだったけど」
「私達…?」
「うん。ほら、他のみんな、今来たみたいね…」
湖満が後ろを振り返り、最上階の階段を指し示した。そこには今上がってきたらしく、息が切れ切れになっている者が多かった。
こちらに気付いた蒼葉が駆け寄ってきた。他のみんなは目の前のライク達に加戦したり、二人の横を駆け抜けてファストの所に向かった。
「もう…早い…ですよ…湖満さん…」
二人の目の前に来て膝に手を置いて息をつく。
「あんた達が遅いの。それより楼焔の術、解いてやってくれない? どうやら種果を使ったらしくてね…さっきまでぶっ倒れてたから」
「本当ですか!? 何してるんです、種果は使わないとこの間約束したばかり…」
湖満には種果のことは言っていないのに、簡単に見破られていた。
「なん…でそれを…」
楼焔は蒼葉からの説教には耳をかさず、目を丸くして湖満に訊ねた。はぁ、と盛大なため息を吐き、湖満は口を開く。
「誰でもそんな青い顔してぶっ倒れてたら分かるわよ。それに異常までのその発汗に手の震え、どうみても種果を使用してぶっ倒れたしかないじゃない」
回復系や魔術系ではない湖満がここまで術後の異常状態に詳しいとは思わなかった楼焔と蒼葉。開いた口が塞がらないようである。
「蒼葉、ぼーっとしてないで楼焔をさっさと治しなよ」
「あ、はい」
湖満に言われ蒼葉は楼焔に座るよう言い、彼の額に手をかざす。手と額の間に光が現れる。蒼葉による治療が始まったのだ。
「…何時間使いました?」
治療を行いながら楼焔に問う。
「………」
「答えなさいよ!」
答えようとしない楼焔に湖満が上から頭を叩く。
「えっと…少なくとも二時間」
「バッカじゃないの!?」「…すみません」
「でもこの程度ですんでよかった。あと30分遅かったら命はありませんでしたよ」
どうやら治療は終わったらしい。そういえば、先程よりは身体の痛みは少なくなったように感じる。
蒼葉から以前にも聞いたことのあるような説明、いや、説教をうける。
「種果は体力・筋力の増加、能力の長時間維持をする術ですが、それだけ危険も伴います。通常戦闘時以上の負荷が身体にかかり、筋細胞、内蔵などの生命維持のための器官の極度の衰弱さらには脳細胞の大量死滅のための後遺症が残る可能性があります。これで危険な術だと理解できましたか?」
今度は蒼葉が盛大なため息を吐く。
「はい…以後気を付けるよ」
そう言って頭を深々と二人に下げる。
「とにかく、あんたは寝てな。蒼葉」
「はい」
「楼焔よろしくね、私はファスト様の所に行くから」
「お気をつけて」
湖満は二人に背を向けて手を挙げファストの方向に走っていった。
落ち着いて改めて周りを見ると、既にブルニアルスは地面に倒れ、息はあるようだが起き上がれずにいるようだ。普電がブルニアルスに色々と問い詰めているのが分かる。イガードとは今ベルバーと氷榁が戦い、ファストが二人の後ろでシュートゥから治療をうけている。
「ガラシャさんからはちゃんと聞きました」
横に居る蒼葉が急に話始めた。
「イガード様たちのことも、あなたの状態も…あなたのことは私とシュートゥ様しか知らないはずでしたが…」
「湖満は例の勘?」
楼焔はファスト達の所に着いた湖満の後ろ姿を見ながら会話をしている。
「だと思います。どうやら思考は大丈夫なようですね、あとは筋肉の断裂や骨にヒビが入っている可能性がありますので、城に戻りましたら機械で詳しく調べましょう。当分は絶対安静ということはどんな結果でも変わりませんが」
そう言いながら蒼葉は起き上がっている楼焔を床に寝かし、そして再び楼焔の身体に手をかざした。城に戻る前に軽い治療を行うらしい。
「…蒼葉」
「なんです?」
仰向けに寝ている楼焔の目が蒼葉を映す。
「今回はもう戦いに参加できないのか?」
「…何のために今治療していると思ってるんです?」
蒼葉は再びため息を吐く。手は楼焔にかざされたまま治療は続いている。
「え…?」
「少しでもあなたが戦いに参加できるようにです。あなたが言いそうなことは大体、想像がつきますからね」
その言葉を聞いて楼焔の目は潤んでいった。諦めかけていたことに光が射したのだ、抑えていた思いが溢れる。
目を右腕で覆う。
「ありがとう…」
自分を理解してくれている友に震える声で感謝の言葉を伝えると、更に涙が流れた。
「いいえ…」
楼焔の傍には口許をほころばせ治療を続ける蒼葉がいた。