第16話
ファストが塔を離れた後、イガードは…。このまま読んでいただけたら幸いです。
塔の最上階、ではなく地下牢の中にイガードは居た。一人、負傷した手を不得意な回復術で治療を行なっている。
一時間前にファストが塔に来てくれた、嬉しいはずなのに由比那のことが頭から離れず、素直に言葉を伝えることが出来なかった。そして更に怒鳴ってしまった、傷つけたくない女性を自ら傷つけてしまった。その罪悪感はまだ拭い去ることはできずにいた。
なぜ最上階ではなく地下に居るのかというと、最上階で今と同じように自ら手の治療を行なっていた時、ブルニアルスが部屋に入ってきたのだ。
もちろん彼には史遠に『イガードと話せば灰になる』という術を掛けられているので言葉を交わすことは出来ない、しかし彼は紙に言葉を書き、用件を伝えてきた。
『これから地下に移動するから付いて来て』
言われるがままに彼に付いて行き、地下に付くと牢屋が五つあった。そのうちの一つ、入り口から一番近い所の鍵を開け、中のロウソクに火を付ける。
彼はすまなそうに牢に入るよう促す。断ることなくイガードは牢の中に入った。
前に手合せをしたことがあるので分かる、負傷したこの身体では抵抗しても絶対に適わないと。
牢屋の中には小さな木の机と一つのベッドが置かれていた、机の上にはまだ温かそうなスープと固そうなパンが一つ置かれている。おそらくブルニアルスがむかえにくる前に作っておいてくれたのだろう。
イガードがベッドの上に腰掛けると彼が自分のポケットから何かを取出し、渡してきた。
(葉っぱ…?)
半分回復してきた手の上に二枚の葉が置かれた、なんの変哲もないただの木の葉。
『それは薬草 切って断面が染み出てきた液を傷口に塗ると治りが早くなるから よかったら使って』
手早く紙に書いてイガードの目の前に差し出す。
彼の優しさが嬉しく、頭を深く下げて礼を言った。
「ありがとう」
一方的に言葉を発するというのはどうも心が通っているかが分かりにくく、不安になるが、顔を上げると、照れ臭そうに頭を掻く少年が居てほっとした。
決心して聞いてみる。
「仲間にならないか?」
イガードの言葉にブルニアルスの顔が曇った。
そして首を横に振る。
(やはり無理か…)
と、イガードは思ったが、ブルニアルスがまた紙に何かを書いてイガードの手の上に置いて、行ってしまった。
ガシャン タッタッタ…
彼の足音が行ってしまったのを確認したイガードは、手の上にある紙を見てみた。そこにはこう書かれていた。
『僕も共に行きたいです それにはやらなくてはいけないことがあります それが達成することが出来たら迷わず貴方に付いていきます』
イガードは嬉しくなった。まだ希望はあるのだと分かったから、だが、それを待っているほどの時間は今はない、早く手を回復させ、事を進めなくては…。焦るイガードはブルニアルスからもらった薬草の液を手に塗り、さらに回復術で治療を行なった。
それが今。薬草を塗ったことで通常よりも早く治癒されていく、壊れた細胞も麻痺した神経系も回復し動かせるようにまでなった。
「紙とペンは…無いか」
牢内を隈無く探したが、どこにも探しているものは無かった。諦めたイガードは何かをぶつぶつと唱え始めた。手には小さな光が現われた、その光を伸ばして紙のように薄っぺらい四角にする。
「うまくいけばいいが…」
次に右の人差し指に光を灯し、紙のような物に跡を付けていく。
出来上がるとそれを巻き、自分の抜いた髪の毛で留める。それを横に置き、手を合わせ気合いを入れる。
「雷良、出ておいで」
そう言うと、左腕に刻まれた文様が輝き、雷属性らしい小精霊が現われた。
「玄武様、なんでしょう?」
髪はきれいなコバルトブルー、それは腰の位置までり、黄色の布地で作られたワンピースのような服を着ていた。
実は彼女、イガード専属の小精霊である。もちろん他の五人も持っている。ライクは光、バルタルは氷、シュートゥは草、ファストは炎、ベルバーは水の小精霊。
「今はイガードでお願いしていいかな?」
イガードの言葉に冷たい視線を送る。
「…何でですか?」
やはり素っ気なく返され、イガードは低い姿勢で続ける。
「いや、色々とあってね」
作者の声入ります。【ごめんなさい、作者のミスで。雷良ちゃん今だけ彼をイガードと呼んで!】
「…わかりましたわ」
なんだか分かりませんが通じて、しかも聞き入れてくれました。
「ではイガード様、何か? 怪我の治癒はご自分でなさったのでしょう?」
仕えている身でありながら、上から目線でイガードと接する雷良。
目は自然と怪我をしていた手にいく。イガードは大丈夫だということをアピールするように、手を動かしてみせた。
「ああ、怪我は治ったんだがな、これをライクの所に届けてくれないかな?」
イガードは紙筒を彼女に差し出す。彼女は受け取ったものの、何か引っ掛かることがあるようで首を傾げる。
「いいですけど、ライク…様?」
「ボルトのことだ」
また作者がミスをしたようですね。【はい、ごめんなさい】
「そうでした! では、行ってまいりますわ」
「よろしくな」
雷良は元気よく飛び出していった。
イガードはまた一人になってしまった。
ぼーっとしていてもしょうがない、机の上にある食事に手を伸ばす。
「…うまいな」
この塔にきて初めての食事、固いパンでも十分美味しく感じられた。
バタン!
雷良は城の一室をノックもなしで勢い良く開ける。
「失礼します、す…ファスト様何やってるんです?」
そこに居たのはファスト、入り口を背にして立っている。声をかけても彼女はこちらを振り向く気配が無い。
「誰だ? ノックもなしで部屋に入ってくる馬鹿者は」
その声は明らかに男性のものだ、雷良は声の主に思い当たるものが居るようで詫びることもなく話す。
「私です、雷良。げ…イガード様の使いで来ました」
その答えに声の主はファストから出てきたように顔を出した、先程までファストの陰に隠れていたのはライクであった。
彼女は入口からファストの横に移動し、イガードから渡された紙筒を机の上に置いた。
「ぼ…ライク様、主から手紙を預かってまいりました」
「イガードから?」
「はい」
ライクは広い机の向こう側に置かれた紙を立ち上がり手に取る。
彼は紙を結んでいた物を解き、それを広げた。一瞬ファストの様子を伺いすぐに読み始める。
顔色も変えず読み終えたライクは紙をファストの前に置く、『読め』ということなのだろう、ファストは下げていた頭を更に下げ、紙を手に取り読み始める。ファストが読みおわらないうちにライクが雷良に返事を言った。
「わかった、君に従おう。と伝えてくれ」
「分かりました」
雷良はそれだけ聞くと足早に部屋を出ていった。
「ライク、本気なの?」
部屋の扉が閉まる音と同時にファストが口を開いた。その声は複雑なものだった、悲しみもあり怒りもある声だった。
「ああ、それが彼の望みであり、現状では最良の策だ」
ライクは冷たく言い放つ、ファストの様子からいくとよい策ではないことは確かであった。
「でもこれは」
「私はこの案を承けた、最終の決定は会議で行なう。いいな」
下からライクがファストを睨む、それは逆らうことを許さない眼であった。
「はい…」
一体イガードからの紙筒に何が書かれていたのだろう。
運命の歯車は狂いだす