第11話
(洞窟のようなところだろうか?)
イガードは一人考えた。
疑問形になっているのにはそれなりの理由がある。周りが真っ暗でほとんど見えない。唯一見えるのは目の前にある冷たい岩だけ。
「不様な姿だねぇ、六大大精霊・風精霊のイガード・シュレス君・・・くくっ」
不気味な笑い声が頭上から降ってくる。何かしらの抵抗はしたいのだが、手足は縛られ、薬か何かを飲まされたらしく意識もぼんやり、という状態。
「確か君、私を倒そうとしてるんだよね?一度うちのブルニアルスがお手合せしていただいたと聞きましたが・・・」
自分の行動の全てがバレている。このままでは任務を遂行させることができない。この男の顔を確認しようとしても見えない。
「私達はここまで知っているけれど敢えて邪魔はしないよ。正々堂々とやり合おうじゃないか」
自分達よりはるかに多い敵に余裕を見せる相手。ルイ本人か、また別の者か。
「・・・そろそろ何か反応したらどうだい!?」
ガッ ゴッ
「つっ・・・!!」
いきなり身体を蹴られ、まともに近くにあったであろう岩に頭をぶつける。
頭を切ったのか顔に液体が伝った。
「如月」
「はい」
先程まで声を掛けていた人物が呼んだ名前。イガードの記憶が正しければ、ルイと共に空を降りた者。現存する精霊の中で唯一属性のいない、如月史遠だろう。
「この方を城に案内してくれないか?」
「地下・・で・・ね?」
「違・・よ」
意識が薄れてきた。寿命がきたカセットテープのように、二人の会話も途切れて聞こえる。
「か・・・だ、最上階だよ」
最後の言葉だけが鮮明に聞こえた。
ガコン
「ルイ様!話が違うじゃないですか!!」
人間ではない少年が広間に駆け込み、大声で訴え始めた。
「どうしたんだい?ブルニアルス。そんなに息を急かして」
広間には大きな椅子に座る男が一人、そしてその傍らには女が立っている。
「彼には・・・イガードには何もしないって言ったじゃないか!」
不思議なその言葉。本来なら敵を庇うようなその言葉を言い放った瞬間に首を刎ねられるだろう。しかし、ルイは敢えて笑顔のままブルニアルスの意見を聞く。
「この前僕がお願いしたときに分かったと言ってくれたじゃないですか!」
ルイは表情を変えることはなく、笑顔で、
「そうだね、確かに私は分かったと答えた。だがね、君の意見を理解したというだけであって、君の意見に従うというものではなかったんだよ」
ルイのその言葉は表情とは対照的に冷たすぎるもので、何も言い返す言葉はなくただ怒りと共に悲しみに襲われる。
「あの頃の・・あの頃のお優しいルイ様はどこに行ってしまったんですか!」
ルイの口の片端が上がる。
「何を言っているんだい?私は私。何も変わってないよ」
「うそだ!だって僕を拾ってくれた時のルイ様は・・」
「残念だけど、それは君の思い違いだよ」
ズキン 冷たい目が、冷たい言葉が心に音をたてて傷をつくる。
「ブルニアルス、ルイ様は昔から何も変わってないわよ」
崖に立っているのをさらに追い立てるように、ルイの横に立っている女は言う。
「っ・・・!彼は、イガードはどこです!?」
「さぁ?」
「し、失礼しました」
ガコン
ブルニアルスが顔を真っ赤にして部屋から出ていき、広間にはルイと女だけが残った。
「ルイ・・・」
「なんだい?史遠」
ルイに呼び掛け、ルイに『史遠』と呼ばれた女は愛しそうな目で彼に寄り添う。彼の肩に手を掛けゆっくりと彼の顔の横に顔を近付ける。
「どうしたんだい、史遠」
近づいてきた彼女に疑問を投げ掛ける。そして、彼女は彼の耳元で囁く。
「お疲れさま・・・」
「し・・お・・・ん」
そう言うと、ルイは泥人形のように形が崩れ、塵のように細かくなり、広間の窓から空に舞う。
「ルイ・・・」
広間に一人になった史遠は、誰もいない椅子に身を寄せる。まるでそこに人がいるかのように。
「私あなたの仇を必ず討つから、必ず・・・」
史遠は少しそこで涙し、意を決したように広間から出る。
広間から出たら右手にある階段を登る。この建物全体が石で建てられているため、自分の足音が良く響いた。
この階段は唯一最上階へとつながっている。史遠はふと、階段の窓から外を見る。村が一つあるのだが、皆が楽しそうに子供は外を走り回り、大人は普通の街と同じような生活。
ダンッ!
史遠は拳を階段の壁に叩きつけ唇を噛む。 プツン 史遠の唇が切れ、血が流れ、そのまま石畳に落ち跡を残した。
「何故だ、なぜだなぜだなぜだなぜだ!!私はこんなにも近くに存在しているのに何故笑っていられる!何故怯えない!人間共め・・・人間の分際で!!」
怒り狂った史遠は顔を真っ赤にしたまま、最上階のドアを開け放つ。
「うっ・・・ここは・・・?」
イガードが目を覚ましたそこは真っ暗な闇に包まれた室内。イガード以外に人は居ないようだ。
「確か俺は・・・そうだ!由比那に・・・」
女性が涙を流しながら由比那はイガードを罠に掛けた。泣きながら。
「たしかそれから・・・」
それからイガードは洞窟で一度目が覚めた。そう、二人の男女に薬を飲まされたらしくまた記憶を失い、目が覚め今に至る。
「ここは最上階か?」
二人の話のままだとここは最上階のはず、だが、地下のように真っ暗だ。手足は縛られ自由に動くことができない。魔力もこの部屋では使えないみたいだ。
ガァン
突然暗やみに光が割り込み、イガードに直撃する。
「くっ・・・!」
最初は真っ白だった視界も段々と物の形は分かってきた。光が差し込む場所には人が立っているようだ。
「誰だ?」
イガードは問うが直ぐに返答はない。
「イガード・シュレス、囚われの身なのによくそんな口が利けるねぇ・・・」
「・・・史遠か」
「ふん、『落ちこぼれのイガード』あんたがここまで偉くなるなんて思わなかったよ、また親の権力かい?」
史遠の刺々しい一言一言が胸に刺さる。
「残念ながら、ここまでは自分の力で来た。昔とは違うんでね」
何故か震える腕を力を込めて止めさせながら強がってみせる。
「そうかい」
その後の言葉はなかった。
「史遠、何故君はルイと共にいる?君は」
「煩い!!」
バシッ!
近づいた史遠は力一杯イガードを叩いた。
「お前は何も知らぬからそんな事が言えるのだ!あの方はもう・・・!」
史遠は何かを言いかけて止まる。イガードは叩かれた勢いで床に倒れそのままの位置から史遠を見上げる。
「史遠、私たちの所に戻らないか?」
「!?」
「由比那やブルニアルスにもこれから言おうと思ってるんだ」
「笑止!誰がお前らの所になど戻るか!」
史遠が部屋の外に行こうと入り口に向かう。
「そうか・・・」
「・・・人間は分からぬな、そしてお前らも」
「?」
そう言って扉が閉められた。
また暗闇かと思ったその室内は先程よりは明るく、蝋燭二・三本に明かりが灯り。手足は自由に身動きがとれるようになった。
史遠が出ていくと、部屋はしんと静まり返り先程より辛く感じた。