あたしとカレとの夫婦漫才
「恵、俺と漫才コンビ組んでくれないか?」
唐突の一言にあたし、西島恵は面食らった。
確かにこのちょっとチャラい髪の毛を脱色した軽い男、浅井真は、あたしと漫才コンビみたいに周りから思われている。
周囲は今のあたしたちを見て、いつもの「夫婦漫才」が始まったと思っているだろう。
「で、なんでいきなりそんなことを?」
「うん、もうすぐ文化祭だろ? そこで俺たちで漫才やりたいと思ってるんだ」
グッと親指を立てて歯を見せて笑う真。
そう、こいつは昔から突拍子なことをいうやつだった。
「……わかった。やればいいんでしょ、やれば」
「やっぱ恵、よく話が分かるな!!」
「で、生徒会の許可は取ったの?」
「……」
「?」
しばしの沈黙。
「いや~、それが取ってないんだなあ」
あたしたちは、部活でもサークルでもない。個人で漫才で体育館の使用許可を取らなければならないのだ。
「ま、話せば分かってくれるだろ」
こいつは意外と生徒会に顔が利く。交流関係が広いのだ。
☆☆☆
で、生徒会室にやってきたあたしたち。
「あら、浅井くんに西島さん、相変わらずね」
ニッコリ笑って、メガネにセミロングの知的な女の子、生徒会長の常葉涼はそう言った。
「いやー、相変わらず知的でお美しいですねえ」
と、揉み手をしながら、真は会長にお愛想(お愛想だと信じたい)を言った。
「いてっ!!」
ちょっと足を踏んでやった。
「ふふ、相変わらずね、お二人さん。で、頼みごとがあるんでしょ? 私に」
「いや~、話が早いっすね。実は……」
…………
「話は分かったわ。でも、私の一存で決められないわね」
「そこを何とか~」
必死な様子の真。でもこいつがやると必死でも、真剣味がないのはどうしてだろう。
「いや、会長の一存で決めていいぞ」
そう答えたのは、これまたメガネのいかにも真面目そうな、副生徒会長だ。
「あら、私の一存で決めていいのね? それじゃ、私を笑わせるネタを明日までに考えてくれるかしら?」
「分かったぜ、とびっきりのを考えてくるからな!!」
「期待してるわ」
常葉さんは、メガネを指でくいっと上げて、そう答えた。
☆☆☆
そして、その日、家に帰った後、ネタを考えることになった。
「腹案はあるんだよ、恵」
「一応聞いてみるけど……」
「コント、殺人事件」
「その内容は?」
真が目を輝かせて、よくぞ聞いてくれました、と言った感じで答える。
「俺が刑事長で、恵が刑事。で、俺が、『ここが殺人現場か?』と聞く」
「うんうん」
「で恵が『そうです』、俺が『死因は?』 『意外と美味しかったです、今日発売のエリクサー』
『本当か?』『はい』『じゃ、今から試しに買って飲んでみるわ』『いってらっしゃい』『って違うだろ、死ぬ原因の死因の方だよ、試しに飲む方の試飲じゃねーよ!!』というやつだ」
なるほど、結構イケてる感じのコントだ。
「もう一つ、すっごい滑るやつあるぞ」
「そんなのやっても仕方ないんじゃない?」
「ま、聞きたまへ」
滑るようなネタをもったいぶって言おうとする真。
「コント、スケート」
「ふむ」
適当に相づちをうつ。
「俺中心のコントなんだけどさ、『俺さ、今度スケートやろうと思ってるんだ』そこで恵が素っ気ない相づちをうつ『あっそ』『でもさ、俺初心者なんだよな』『あっそ』『どうすれば、上手くなれるんだろうね』『あっそ』『お前さっきから、あっそしか言ってないよな? しかもすげー聞こえにくい小声だし……だからって黙るなよ…… なんだ? いきなり紙渡して……え!? 試験終了まであと10分?』 テスト真っ白だ! 受験失敗かよ……ってやつ」
…………
それは確かに微妙だ。第一受験中にしゃべる人はいないし。
「まあ、それはやめといた方がいいんじゃ」
うんうんと頷く真。
「まーな。ただ、このネタは会長用だ」
「え?」
あたしは不思議に思った。
「ま、それはそれとして、だな」
そういった後。
しばしの間があって、真が急に真剣な顔をしてあたしの方を向いた。
あたしの顔が熱い。
「な、恵。学園祭で漫才終わった後言いたいことがあるんだ……」
あたしはどきまぎした。まさか……真は……。
☆☆☆
そして、翌日。
とりあえず一発目のコント。
「……面白くない」
意外な一言。周りの生徒会役員が笑ってる中、会長はクスリとも笑わなかったのだ。
「やっぱりな」
「どういうこと? 真」
あたしは聞き返した。
「会長、相変わらずだね」
メガネの副会長が微笑んだ。
「こいつ、普通の人と笑いのツボが違うんだよ……」
そして。
『あの』スケートコントをやった。
「うふふふふふ……」
これが受けるか……?
「いいわ、学園祭で漫才するの認めてあげる。ただし……」
会長がピンと人差し指を立てた。
「ええーっ!!」
次の会長の台詞にあたしと真は叫んでいたのだった。
☆☆☆
学園祭。
あたしと真は体育館の舞台に立っていた。
とりあえず、つかみは上々。
しかし、『あれ』をやらなくてはならない。
会長が出した条件。
それは、学園祭の本番で『スケートネタ』をやれ、ということだった。
「……受験失敗だよ!!」
…………
体育館が凍り付いた。だだ滑りだ。
会長の笑い声だけが響いている。
真の顔が真っ赤になっていく。あたしの顔も多分同じように赤く染まっているだろう。
「なあ、恵。言っていいか?」
「? なんのこと?」
ひそひそ声で話すあたしと真。
真はなにやら「うん」「いくぞ」と小声で頷きながらつぶやいて。
そして正面を向き。
「俺は、恵が好きだーーーーーーーーーーー!」
凍り付いた会場が動き出す。
ざわめき出す。
「ええええーーーーーー!! やっぱり!?」
真の顔は、そう、月並みな表現をすれば茹で蛸だ。あたしも熱すぎて沸騰しそうで、卒倒しそうだ。
パチパチパチパチ。
いきなり拍手。
「浅野~、よくやったぞ~」
「で、西島はどうするんだ~?」
といった声が観客席からとんでくる。
うん、あたしもそうだった。あたしも真のことが気になっていた。
恥ずかしいけれど。
顔を真っ赤にしてあたしは、真の方を向いた。
「あたしも真のことが好きーーーーーーーーー!!」
その後の体育館の騒ぎぶりは尋常ではなかったことを付け加えて。
この話は、おしまい。