自由の重さと鎖の損益計算
ウィリアム・フランクリンがその生涯の最期に遺した極秘の手記は、新国家の紙幣に描かれたあの美しい微笑みの裏側にある、冷徹極まりない「数字」を告発していた。
私が手に入れたこの手記の記述によると、私がかつて印刷所の仲間や地元の労働者たちに向けて華々しく打ち出した、あの週休2日制や無料の社食、そして競合から救済した若き職人たちへの「超ホワイト環境」は、万民への慈愛などという不確かな感情から生まれたものではなかった。その本質は、人間の心理的経済効率を限界まで高めるために設計された、完璧な「洗脳型労働システム」の実験場であったと、ウィリアムは震える手で書き残している。
手記の2ページ目には、私が自身の印刷所で密かに書き留めていたとされる、門外不出の経営計算シートの写しが、生々しいインクの跡とともに添付されていた。そこには、ベンジャミン・フランクリンという男が、いかにして「労働力」という名のコストを最小化し、リターンを最大化させるかという、純粋な功利主義の数式が並んでいる。
「奴隷を物理的な鎖で縛る旧来の奴隷制度は、反乱のリスクが常に付きまとい、監視のための追加コストが膨らむ。さらに、彼らの衣食住の維持コストを、景気の良し悪しに関わらず片時も手放せないため、長期的な資本効率において極めて非効率である。代わりに『自由と適切な給与、および手厚い福利厚生』という極上の餌を与え、『自分は世界一恵まれた環境にいる』と自主的に錯覚させた方が、労働者は自発的に、かつ最大のパフォーマンスを維持しながら、自ら進んで死ぬまで働き続ける」
ウィリアムの告発は、私が若き日にボストンの実家を飛び出し、フィラデルフィアの印刷業界でメディアの覇権を握っていく過程で、いかにこの冷徹なシステムを完成させていったかを克明に裏付けていた。当時の私が世間に見せていたのは、傲慢な競合他社をユーモアたっぷりにスクープで破滅させ、行き場をなくした若い職人たちを笑顔で雇い入れる「完璧な聖人」としての姿だけだった。しかし、その舞台裏に配置されたアングルの外側では、全く異なる経済の歯車が回っていたのだ。
実際、私の経営していた印刷所では、ペンシルベニア植民地における黒人奴隷の売買広告や、逃亡奴隷の懸賞金付き手配の告知が、毎号のように極めて手際よく掲載され、商会の莫大な資金源の一部となっていた。それどころか、私の私生活の画面外においては、私自身が複数の黒人奴隷を資産として所有し、日々の雑務をこなさせていたという厳然たる史実の記録が、ウィリアムの手記によって白日の下に晒されている。
「父フランクリンは、自社の新聞で奴隷制の残虐性を批判する知識人の論説をクリーンに掲載する一方で、自らの懐に入る広告収入の計算書からは、奴隷の一頭あたりの仲介手数料の数値を一ポンドたりとも見落とすことはなかった。彼にとって奴隷制とは、人道的な悪ではなく、単に『投資対効果が悪い旧時代の遺物』に過ぎなかったのだ。だからこそ、彼は物理的な鎖を外し、精神的な信頼という目に見えない鎖を労働者の首に巻き直した」
手記の文字は、私が構築した新国家の経済システムそのものが、この「自発的搾取」のハッキングの上に成り立っていることを的確に看破していた。物理的な暴力を伴う支配は、民衆の反発を招き、いずれ革命という名の巨大な損失となって経営者に跳ね返ってくる。しかし、労働者に自由を与え、自らの意思で人生を選択していると思い込ませれば、彼らはどれほど低賃金であっても、自らの能力を限界まで絞り出し、システムへの忠誠を誓うようになる。
私が『貧しいリチャードの暦』で全米に普及させた数々のビジネスチート格言、特に「時は金なり」という言葉は、民衆をこのシステムへ過不足なく適合させるための最も効率的な精神的プログラムであった。労働者たちは、自らの時間を一分一秒でも無駄にすることを「罪」だと自ら定義し、私が提供するホワイトな工房の中で、競って作業効率を向上させていった。彼らは、自分の頭脳が「深すぎる格言」に感動していると信じ込んでいたが、実際には、私の資産を最速で増殖させるための歯車として、自ら進んで磨耗していたに過ぎない。
ウィリアムは、父親である私のこの底知れない合理性に気づいたあの日、全身の血が凍りつくような恐怖を覚えたと書き記している。
「周囲の人間は皆、父の余裕のある笑みと温かい眼差しに救われたと涙を流していた。競合から救済された職人たちも、週休2日の恩恵に預かる従業員たちも、自分たちが世界で最も人道的な聖人に仕えていると盲信していた。だが、私だけは見届けてしまった。父が深夜の執務室で、従業員一人当たりの生存コストと、彼らがもたらす印刷物の純利益のグラフを対比させ、ニヤリと冷酷な笑みを浮かべた瞬間を。あの人の前では、人間の血の通った感情すらも、すべて数字に変換されて処理されるのだ」
この手記に記された真実は、私が90話にわたって自らの手で編み上げ、全米の読者に強制流通させてきたあの美しい自伝の、完全なる楽屋裏であった。私は、民衆がどのような英雄像に全肯定の光を注ぐかを完全に把握していたため、自らの年齢や肥満した肉体の経年変化を一切描写せず、常に現役のエネルギーに満ちた「美しき先駆者」としてのイメージだけを脳内にプログラミングし続けた。その結果、全人類は私の提示したクリーンな物語を心地よく消費し、その裏にある奴隷売買の利権や、冷徹な生存コストの計算シートからは完全に目を逸らされていたのだ。
ウィリアムの手記の最後には、彼がどれほど私の「人間らしい感情を排除した最適化計画」に絶望し、その支配から逃れようと必死に足掻いていたかが、血を吐くような言葉で叫ばれていた。
「この国の人々は、自由の鐘の音に酔いしれている。しかし彼らが掲げているあの100ドル紙幣は、物理的な鎖を必要としなくなった、究極の家畜の証書なのだ。父は、国家という名の巨大なプランテーションを完成させた。そこでは、すべての奴隷が自らを『自由な市民』と呼びながら、最高の効率でシステムのために働き、システムの創造主であるあの老人を、永遠の聖者として崇め奉っている」
私は、手元に置いたウィリアムの手記から静かに目を離し、痛風の痛みが走る重い脚をさすりながら、執務室の椅子に深く身体を沈めた。私の濁った、しかしすべてを見透かすような瞳には、窓の外で私の肖像が刻まれた紙幣を誇らしげに数え合っている市民たちの姿が、一寸の狂いもなく映し出されている。
ウィリアムの告発は、確かに私の計算の裏側を正確に突いている。だが、彼は一つだけ決定的なことを見落としていた。
この「洗脳型ホワイト労働環境」という名のシステムが、結果として、旧体制の王族や悪徳貴族たちに理不尽に搾取されていた何百万もの平民たちを、歴史上のどの時代よりも豊かで、安全で、飢えのない世界へと導いたという圧倒的な事実を。彼らが自発的に働くことで生み出された富は、彼ら自身の生活を確実に近代化し、天災から守られた強固な都市を創り上げたのだ。
私の施した計算がどれほど血も涙もない怪物の思想から生まれたものであろうとも、それによってもたらされた「本物の繁栄」を、誰が偽物と呼べるだろうか。民衆は、仮にこの真実を知ったとしても、私の作ったこの圧倒的に居心地の良いホワイトな檻から自ら進んで出ていくことは決してない。それほどまでに、私の設計した理想郷は、人間の本質を完璧にハッキングし尽くしていた。
私は静かに微笑み、ウィリアムの遺した極秘の手記を、手元の上質な紙の束の下へとクリーンに片付けた。画面外に処理されるべき現実は、これからも私の手によって美しくコントロールされ続ける。新国家の夜明けは、私の計算した絶対的な損益分岐点を超えて、どこまでも眩しく輝いていた。




