表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

18/18

かつての傲慢な身内が土下座、聖なる慈悲で地方代理店として雇い入れた件

ボストンの実家を去り、私はウィリアムと共に馬車の中で穏やかな余韻に浸っていた。先ほどまで広間に漂っていた、親戚たちの凍りついた空気と、彼らの目から溢れ出していた後悔の念。その記憶を反芻しながら、私は窓の外に流れる景色を眺めた。


「フランク、彼らのあの表情。正直に言えば、溜飲が下がる思いだったよ」


ウィリアムが隣で苦笑しながらそう呟く。私は彼の方を向き、静かに首を横に振った。


「溜飲を下げる、か。それは僕の目的ではないよ、ウィリアム。彼らを追い詰めること自体には、何の意味もない。重要なのは、彼らが抱えていた『時代遅れのプライド』という重石を取り除き、僕たちが築き上げた新しい経済システムの中に彼らをどう組み込むかということだ」


私の言葉に、ウィリアムは神妙な面持ちで頷く。彼は、私の思考が常に個人を超えたシステム全体に向けられていることを理解している。


実家を出た後、兄たちが追いかけてきて、私の馬車の前で立ちふさがったのだ。彼らは泥にまみれ、かつての傲慢さを完全に捨て去り、地べたに這いつくばっていた。


「フランク……頼む、助けてくれ! このままでは我が家は破産し、街から追放されてしまう! お前の商会の力で、我々を救ってくれないか!」


兄が声を上げて泣き崩れる。かつて私を「家の恥」と罵り、丁稚として酷使した男の姿がそこにあった。親戚たちも皆、同様に床に額をこすりつけ、許しを請うている。私は車窓越しに彼らを見下ろした。怒りや憎しみといった感情は、もはや私の中には存在しない。あるのは、ただ静かな憐れみだけだ。


「兄さん、そして皆。立ち上がってくれ。僕は、君たちを切り捨てるような冷酷な人間ではない」


私は馬車から降り、彼らの前へと歩み寄った。私の仕立ての良い衣服が、彼らの泥だらけの服と鮮やかな対比を描く。私は兄の肩に手を置き、彼を優しく立たせた。


「君たちがかつて僕に行った仕打ちは、僕が今の自分を確立するための砥石になった。だからこそ、今こうして君たちを助けることができる。これは、僕からの寛容な提案だ。僕の商会の『地方代理店』として、君たちの印刷所を再編させてほしい」


兄は自分の耳を疑うかのように顔を上げた。


「代理店……? 我々を、雇うというのか?」


「ああ。君たちの持つ設備と知識は、適切な管理下にあれば、まだ価値がある。僕の商会の経営理念に従い、品質管理と労働環境の改善を徹底すれば、必ずや再建できる。ただし、これまでの古いやり方はすべて捨ててもらう。僕が作り上げたシステムこそが、これからの時代を支配する正解だからだ」


その提案を聞いた兄は、再び涙を流した。しかし、今度は絶望ではなく、安堵と、私の器の大きさに対する畏怖が入り混じった涙だった。親戚たちも、互いに顔を見合わせ、私の足元で歓喜の声を上げる。


私は彼らを、単に恵みを与える対象としてだけでなく、商会という巨大な機械の歯車として最適化することを選択したのだ。これにより、ボストン全域の出版流通は、完全に私の商会のコントロール下に置かれることになった。


その場で私は契約書を交わした。そこには、商会の規定に基づいた厳格な運営ルールが記されている。かつて私を支配しようとした彼らが、今度は私の作り出したルールの中で生きることを誓う。これこそが、圧倒的な力の差を見せつけた上での「慈悲という名の支配」だ。


ウィリアムが手際よく商会の法務官を呼び、契約を法的に確定させる。兄たちは、もう二度と私に逆らうことはできない。彼らは、私の商会の末端として、これからも私の利益を増幅させるための労働力として機能し続けることになる。


「フランク、君は本当に聖人だな。彼らのような者たちを、ここまで丁寧に救済するとは。普通の人間なら、彼らの破滅をそのまま見届けていただろう」


ウィリアムが感嘆したように言う。私は微笑み、遠くに見えるボストンの街並みに視線を向けた。


「聖人、か。そう呼ばれるのは悪くない。だが、僕がしていることは、もっと本質的なことだ。無益な争いを避け、すべてのリソースを最大効率で運用する。彼らもまた、僕の社会を支える一部だ。生かしておいた方が、僕の理想とする未来のために役立つんだよ」


私は彼らに向かって、最後に言葉をかけた。


「明日からは、私の商会の基準に従って業務を開始するように。ウィリアムの部下が、君たちの再建を指導する。君たちの名誉を挽回できる最後のチャンスだと思って、死に物狂いで働いてほしい」


彼らは何度も頷き、感謝の言葉を繰り返した。その姿を見て、私は静かに馬車へと戻った。


私の目的は、個人の成功だけではない。この大陸の全てを、私の理想とする合理的な社会へと作り変えることだ。そのためには、かつての敵さえも利用し、私のシステムの一部として機能させることが不可欠だ。


ボストンを後にする馬車の中で、私は手元の帳簿を閉じた。これでボストンの勢力図は完全に塗り替えられた。フィラデルフィアでの成功が、北へと波及したのだ。


ウィリアムが私に温かい紅茶を淹れてくれる。その香りが、この凱旋の成功を祝福しているようだった。


「次はどうする、フランク? この勢いで、さらに北の州へも商会を展開するか?」


「ああ、そうだ。だが、その前にやるべきことがある。印刷所の労働環境をさらに最適化し、従業員たちの忠誠心をより強固なものにする。僕たちの商会は、単なる組織ではない。一つの家族のような、そして一つの国のような、完璧な共同体なんだ」


私は紅茶を一口飲み、満足げに微笑んだ。私という存在がこの大陸に現れたことで、歴史は確実に、より幸福な方向へと書き換えられている。ボストンの兄たちを改心させ、彼らを私の商会の末端として従わせたことは、私の広大な計画の序章に過ぎない。


私の手は、これからも多くの人々の人生を動かし、この世界をより良い方向へと導き続けていくだろう。全てを手に入れた今、私は己の成功を噛みしめ、次なるステージへと視線を向けた。この凱旋は、私の生涯において、最も重要なターニングポイントの一つとして記録されることになるはずだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ