◆エピローグ
季節は巡り、向日葵の季節がまたやってきた。
油と汗にまみれながら、比呂人は十河の工場で懸命に働いている。その顔つきは精悍で、かつての怯えた瞳はもうない。
仕事終わりのスマートフォンには、蓮からのメッセージが届いていた。
『今日のボイトレ終わったよ! 今夜の夕飯、ハンバーグでいい?』
蓮はレストランでアルバイトをしながら、本格的な歌のレッスンに通っている。配信で見せる笑顔は、多くのファンを勇気づけていた。
二人は質素なアパートで、互いを支え合いながら穏やかに、しかし力強く暮らしている。
一方、向日葵園
「そうですか。前田さんのところに家宅捜査が」
長年の幼児虐待容疑と脱税疑惑。警察がついに動いたらしい。
「うちも、向日葵園も、これから資金繰りが大変ですね。」
そう話す十河と光江だが、その表情はどこか晴れやかだ。
「で、通報したのは十河さん、あなたなんでしょ?」
「お見通しでしたか。あいつへの、少しでも罪滅ぼしになればと思いまして。」
十河が視線を庭へ向ける。
園長の光江の声が響く。
「ちょっと、浩太!早くこっちに給食を運んで」
「はい、今行きます!」
子供たちの賑やかな声の中、慣れない手つきで重たい寸胴鍋を運ぶ浩太の姿があった。
その左手に、もう手袋はされていない。火傷の痕は消えないが、それを隠す必要のない場所を、彼はようやく見つけたのだ。
鳥谷動物病院。
そこには変わらず、鳥谷院長の姿があった。
彼の脳裏に、あの日、境界の森で交わした神様との会話が蘇る。
「長かったな。」
「はい。」
「七日間だけという約束を破り、帰ってこなかったのはお前たちだけだった。一人は事故にあってしまったが……。人間界での暮らしはどうだったか?」
「幸せでした。できればずっと……。でも後悔はありません。どのような報いがあっても恨みません」
神様は厳かに、しかし慈愛を含んで告げた。
「では無間地獄の業を申し伝える」
「……はい」
「人間界に戻り、動物の魂を救い続けよ。お前が戻ってきたくなるまで、永遠にだ」
待合室の動物たちの声が聞こえる。
鳥谷は白衣を翻し、微笑んだ。
「はいはい、順番だよ」
彼は今日も、その幸福な使命を果たし続けている。
どこかの町の産婦人科医院。分娩室に元気な産声が二つ、響き渡った。
「生まれましたよ!双子の赤ちゃん、お兄ちゃんと妹ですよ」
助産師の声に、優しげな夫は涙ぐみながら、頑張った妻の手を労っている。
「さあ、お母さんですよ」
取り上げられた小さな赤ん坊たちは、母親の胸の前で元気な泣き声を上げている。
「わあ、可愛い……」
母親が愛おしそうに呟き、そして驚いたように目を見開いた。
「見てあなた。この子たち、もう手をつないでる」
お互いの小さな手を、ぎゅっと握って離さない。
隣のベビーベッドには、すでに夫婦が名付けた二つの名前が添えられている。
命名「渉」
命名「美優」
ひときわ大きく響く二人の泣き声。
母親が優しく語りかける。
「はいはい、ようこそわが家へ。わたる、みゆ」
窓の外には、柔らかな陽光が降り注いでいる。
終わりのない愛の物語が、ここからまた始まる。
Fin




