第6話・課外学習:泉ヶ岳討伐戦③
「さぁ、みんな。忘れ物はない?」
しおりは、これから実戦に臨む翔馬たちの緊張を和らげるように、柔らかな笑顔で問いかけた。
翔馬たちは、学校支給の黒のハンタースーツに身を包みリュックを背負っている。
そのスーツは対魔獣戦闘を想定した特殊繊維の複合素材でできており、継ぎ目の少ない全身タイツ型を基本として、軽量ながら衝撃を分散する防護プレートが要所に組み込まれている。
その機能は、防御性能だけでなく、体温調整・通信機能まで備えた“最低限にして最適”の装備だった。
リュックの中には、携帯食、止血帯、救急セット――命を繋ぐための必需品が詰め込まれている。
「最後になっちゃったけど、出発するよ」
「「はい!!」」
重い金属が擦れる低い音を響かせながら、鋼鉄の門がゆっくりと前方へ開いていく。
「ここからは、いつ魔獣が出てくるかわからないからね。もう一度役割を確認して、気を引き締めて行くよ」
しおりの言葉に、翔馬たちは一斉に頷いた。
先頭に環太、その両脇を固めるのが真央と絢。
中央に翔馬としおり、殿を真が務め進んで行く。
「みんなが今後ソロで動くかチームで動くかはわからないけど――チームで動く以上、自分の役割は必ず全うすること」
歩きながら説明するしおりの声は、テレビのアイドルとしての柔らかいそれではなく、“現場のプロ”の声だった。
「先頭の犬童くんは前方の警戒。後ろを置いていかないようにね。愛宕さん、市ノ瀬さんは左右の死角をカバー。殿の諏訪くんは後方の確認。そして、世渡くん。君は、援護を意識しつつ、全方向に注意を向けるようにね」
(........全方向に注意を向けるって......漫画とかアニメに出てくるような索敵スキルじゃないんだから、無理だよ、そんなの)
しおりの言葉にコクリと頷きながらも、翔馬は内心でツッコミを入れる。
ゲートをくぐってから、30分が経過した。
標高が上がるにつれて木々は徐々に密度を増し、頭上を覆う枝葉は光をほとんど通さなくなる。
薄暗く湿った山林は、風に揺れただけの枝の擦れる音ですら敵の気配に錯覚してしまうほどだ。
ここまで、魔獣とは遭遇していない。
カサッ。
誰も気づかぬほど微かな音。
だが、その瞬間――しおりの横顔だけがピクリと動く。
「......ストップ」
しおりが小さく呟いた、その瞬間。
右斜め前方の茂みが――ガサガサッ、と大きく揺れる。
「戦闘準備」
その言葉とほぼ同時に、
グワァアアアア!!
魔獣の咆哮が森に響き渡り長く発達した鉤爪を持つ、体長一・五メートルの熊型魔獣――フレッシュベアが飛び出してきた。
初手は後方から
パンッ!
翔馬のライフルが火を噴く。
狙いは、急所ではなく視覚を奪う左目。
弾丸は見事に命中し、魔獣が怯み、一瞬動きが鈍る。
その隙を見逃さず、環太が走りこむ。
振り上げていた右前足を、環太の大太刀が一閃して切り落とす。
続いて、絢のショットガンが、腹部を撃ち抜き、真央の薙刀が首筋を深々と裂く。
最後に真がハンドガンを撃ちながら接近し、熊の頭部へ剣を振り落とした。
戦闘はわずか十数秒。
魔獣は崩れ落ちた。
「あ、あなたたち……初めての討伐なのよね?」
しおりが呆気に取られたように翔馬へ視線を向ける。
「はい、そうですよ」
「初めてとは思えないほど連携が取れてるわ........最初はね、躊躇したり足が止まるものなのよ......恐いもの知らずってとこかしらね........でも、」
――ドンッ!!
しおりのライフルが火を噴き、翔馬の背後から迫っていた、もう一匹のフレッシュベアの頭部を貫いた。
ドサッと、翔馬の傍に血を撒き散らして倒れ込む魔獣。
「全方向に集中してって言ったよね?話してる最中でも気を抜いちゃダメよ。私が撃たなかったら――世渡くん、今ので死んでたわよ」
ぞくり。
背中に冷たい汗が伝う。
(確かに……今、あの熊の気配に全く気づかなかった。話に夢中になっていたわけじゃない。注意力が........足りていなかった)
しおりの顔には、先ほどまでの優しい笑顔は一切ない。
そこにあるのは、命のやり取りを日常にしてきた“本物のハンターの眼”だった。
死と隣り合わせの現実を、彼は今、たった一秒の死角によって思い知らされたのだ。
「さぁて、後処理しようか」
しおりがパンと手を叩き、再び優しい笑顔に戻った。
(後処理って……やっぱり解体だよな……)
翔馬が、真剣な顔で刃物を使うハンターの姿を想像しかけた、その時だった。
「みんな、回収シートは持ってるよね?」
五人は揃ってキョトンとした。
「........あれっ? 回収シートのこと、授業で教わってない?」
全員が首を縦に振る。
「この時期はまだなんだっけ? ん〜、まいっか」
しおりは腰に携えていた、携帯電話ほどのサイズの小型デバイスを手に持つ。
見た目は銃というより、工業用の計測器に近い形。
「これを魔獣に向かって撃つとね――」
パシュッ。
乾いた音とともに魔獣の上へ半透明のシートが広がり、ぴたりと密着した。
「えっ、消えた?」
環太が思わず叫ぶ。
シートが魔獣の体を完全に包み込んだ瞬間、それは周囲の色と同調し、まるで光学迷彩のようにその場と一体化して見えなくなったのだ。
「フフッ、消えたんじゃないの。周囲の色を透過させて、見えなくなっただけよ。これで血と死臭が閉じ込められて、他の魔獣が寄ってこなくなるのよ。それにシートにはGPSが仕込んであって、ドローンが自動で回収に来てくれるのよ」
(ドローンで回収……マジックバックみたいな異空間収納アイテムはないけど、前の世界よりだいぶ科学技術が発展してるな)
ブゥゥン――
低いプロペラ音が近づいてきた。
「ほら、来た」
八機の小型ドローンが到着し、二手に分かれる。
ドローンはGPSを正確に認識し不可視のフレッシュ・ベアを吊り上げ、ゲートの方へと連れて行った。
「こんな感じね。だから私たちハンターは、討伐そのものに集中すればいいってわけよ」
しおりは生徒たちに微笑みかける。
(解体作業の時間をゼロにして、ハンターの負担を少しでも減らすってことか......)
翔馬は顔に出さないが、内心深く感心していた。
この度は読んでいただきありがとうございます。
この作品は、構成、文章を先に考え細かい描写等に関してはAIにて修正しています。
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