第5話・課外学習:泉ヶ岳討伐戦②
大型バスの重低音が、身体の芯に響く。
窓の外には、見慣れた仙台の市街地はもうない。
広がる田園風景とその奥に迫る濃い緑の山並みがここが日常の境界線であることを告げている。
教室とは違う静けさ――
“これから魔獣の巣へ入る”という緊張感が、バスの車内を重く包んでいた。
しかしその空気の中で、翔馬の隣に座る男だけは、別の意味で固まっていた。
環太は、借りてきた猫──ではなく、借りてきた石像のように前だけを見つめ、微動だにしない。
理由は単純。
翔馬たちの班に帯同するハンターが【乃木しおり】になったからだ。
(まさか、本当に当たるとはなぁ……)
二日前、担当が発表された瞬間、環太は喜びのあまり昇天した。
それ以来まともに会話もできていない。
しかもまだ乃木とは一度も会っていないのに、この有り様である。
当人はアイドルとの掛け持ちの事情もあり、今日まで班と打ち合わせができなかった。
翔馬は隣で石と化している環太を見ながら、静かにため息をついた。
(……まぁ、現場で倒れなきゃいいけどな)
バスが少し進むと、視界に巨大な鋼鉄の壁が現れた。
山の入口を塞ぐようにそびえるその壁の前で、車体が止まる。
【泉ヶ岳ゲート】
政府が巨額の予算を投じて建設した、魔獣の生息域と居住区を物理的に隔てる絶対防衛線だ。
この壁のおかげで、壁の外側にある温泉街や観光地は安全が保たれ一般人も一先ず安心して暮らすことができている。
「この奥に……魔獣がいるのか.」
バスを降り、鋼鉄の壁を見上げる翔馬の背中に、冷たい汗が伝う。
「えっとー、二組三班の子たちー!こっち集まってくださーい」
その声に振り向く翔馬。
バスの後方で手を振っていたのは、画面越しでしか見たことのなかった“あの人”だった。
Bランクハンター兼トップアイドル――乃木しおり。
彼女は普段、肩下までの柔らかな黒いストレートヘアを、今日はポニーテールにまとめ端正で、どこか儚げな美しさを持ち、特に雪のような真っ白な肌は、過酷なハンター稼業をしているとは到底思えない、異質な光を放っていた。
均整の取れたスレンダーな体形は、機能的でありながらスタイリッシュなハンタースーツに包まれ、その魅力を際立たせている。
「今日一日担当するBランクの乃木しおりです。よろしくお願いします」
花が咲くような笑顔。
だが、環太には刺激が強すぎたようだ。
「よ、よろぴくおねしゃす!!」
(噛みすぎだろこいつ)
翔馬を含めた班員4人の視線が、冷ややかに環太に刺さる。
だが、乃木は気分を害するどころか、楽しそうにクスクスと笑った。
「面白いね、君」
「ひゃい、ありがとうごじゃいやす」
(もういいだろ)
「えー、それでは愛宕さん、市ノ瀬さん、犬童くん、諏訪くん、世渡くんでいいかな?」
乃木は名前を口にしながら、班員一人ひとりの目をしっかり見つめた。
多忙なアイドル業の合間に、顔と名前を完璧に記憶してきている。
これが、トップアイドルのプロ根性か、あるいはハンターとしての情報処理能力か。
翔馬たち三人に加え、女子二人の五名が今回の班メンバーだ。
周囲の班はそれぞれ担当ハンターに案内され、ゲートの奥へと歩き始めている。
「ごめんね。私の仕事の都合で事前ミーティングできなくて」
「しょ、しょんなこたぁ……っす!」
スパァン!!
乾いた音が響いた。
これ以上は班の恥だと判断した翔馬の右手が、環太の後頭部を的確に捉えたのだ。
「痛っ!? なにすんだよ翔馬!」
「緊張しすぎってのと、もう見てて痛々しかったから叩いた」
「……悪ぃ」
「えっと、進めていいかな?」
「は、はい! すみませんでした!」
環太が直立不動で謝罪し、ようやく場が整う。
乃木は微笑ましそうに見守っていたが、すぐに表情を「ハンターの顔」に切り替えた。
「まずは、みんなの武器を確認させてもらえるかな?」
「はい、俺はこの刀です」
環太は鞘から少しだけ刃を覗かせた。
刀と言っているが、その長さは90センチを超える。
ほとんど大太刀と言って差し支えない代物だ。
「僕は、ハンドガンとショートソードです」
「諏訪くんは近距離も中距離もカバーできるタイプだね、さすがです」
乃木は簡潔に評価すると、視線を愛宕へと移した。
「愛宕さんは、薙刀ですね」
「はい。小さい頃からなぎなたを習っていたものですから」
柔らかく上品な口調で答える愛宕真央。
少し茶色がかったショートボブに、清楚な顔立ちと、凛とした佇まいが印象的である。
翔馬と同じくらいの身長ですらりとした健康的な体型をしているが、ハンタースーツの下には、薙刀を扱うため体幹が強く、しなやかな筋肉が潜んでいる。
「市ノ瀬さんはショットガンですね」
「はい、ちょこまか動いて一撃必殺です!」
元気よく両手でショットガンを抱え直して答えるのが、市ノ瀬絢
小動物のような愛らしい顔立ちで、人懐っこく非常に明るい、クラスのムードメーカー的な存在だ。
小柄な体格だが、そのぶん低姿勢での高速移動や、ショットガンの反動に耐える脚力・腹筋が発達している。
「世渡くんは......スナイパーライフルでいいのかな?」
「はい」
乃木の視線が、翔馬が背負っているライフルに向けられた。
近接戦闘が壊滅的に苦手な翔馬が選んだのは、当然ながら遠距離からの狙撃だ。
ゲームのようにショットガン二丁持ちを試したが、現実ではリロードが手間すぎて断念していた。
「……それじゃ私と一緒ですね」
「みたいですね」
翔馬は乃木が背負っているライフルに視線を向けていた。
乃木のスナイパーライフルは、学校支給の装備よりも明らかに格が違う。
艶のある黒い銃身に補助機能のついた高精度照準器と大口径。
ハンター個人が専用にカスタムして使う“本物”だ。
翔馬は自然と喉を鳴らした。
(…やっぱり、本物のハンターは違うな)
この度は読んでいただきありがとうございます。
この作品は、構成、文章を先に考え細かい描写等に関してはAIにて修正しています。
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