第1話・普通じゃない”平凡な”一日
「それじゃ、教科書開いて」
どこにでもある高校のありふれた授業風景。
だが、教壇に立つ教師が広げた教科書の表紙には、大きく『魔獣学』と記され遠くで訓練用の射撃音が微かに響いている。
「いいか、猪系の魔獣は基本、突進しかしない。それだけに初動での対応が命取りになる」
本来なら魔獣の特性を授業で学ぶなど、現代日本ではありえない。
ここは平和な日本とは異なる、並行世界の日本。
年号は征歴2045年、
魔獣が幼少期から身近な脅威であるこの世界では、魔獣学は義務教育レベル。今の授業は“復習”に近い。
生徒たちも何度も聞いた内容で教師の話を真面目に聞く者は少ない。
でも、基本的なことを何回も復習しなくてはいけないぐらい注意することなのだ。
その生徒の中で、一人だけ異常なほど真剣にノートを取る少年がいた。
世渡翔馬。どこにでもいそうな黒髪の高校一年生。
普段は前髪の隙間からのぞく眠たげの目と、華奢で細い体つきは、どちらかといえば“地味なオタク”という印象が強い。
魔獣学の授業だけは終わったら質問のために教師の元へ向かうほど目の色が変わっていた。
「今の魔獣学の内容なんて幼稚園から覚えてることだろ。お前は異常なくらい勉強してるよな」
クラスメイトに笑われ、翔馬も笑い返したが――
(わかんねぇし……死にたくねぇからに決まってんだろ)
心の中では、そんな必死な叫びを飲み込んでいた。
無理もない。
彼はこの世界の住人ではないのだから。
平和な日本で生まれ育った翔馬は、高校入学して一ヶ月経ったある日高熱を出し三日間寝込んだ。
熱が下がった夕方、リビングでぼんやりとテレビをつけたときだった。
いつも見ていたニュースに見慣れない言葉が映り、目を丸くした。
『――続いてはハンター協会提供、本日の討伐情報です』
見慣れたアナウンサーが読み上げる、聞き慣れない単語。
【ハンター協会】と【討伐】
最初は寝ぼけているのかと思った。
あるいは、アニメで流行りの異世界転生でもしたのかと疑った。
だが、両親は変わらず両親、部屋に戻ってもやっぱり自分の部屋だ。
ふと壁に貼ってあった時間割に目をやると、数学や英語と並んで『魔獣学』と『ハンター論』と書かれていた。
それを見た瞬間、翔馬は悟ったのだ。
(……そっか。並行世界に“転移”したんだ)
ようやく現実を理解した翔馬は、震える手でスマホを取りこの世界の情報をひとつずつ調べ始めたのだった。
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征歴2025年。
深刻な食糧不足が続く中、山の生態系は静かに、しかし確実に崩れ始めた。
まず異変が現れたのは熊だった。
増加した個体は餌を求め市街地へ降り、いつしかその行動は“餓えた獣”ではなく“凶暴な捕食者”へと変貌していた。
その変化は熊だけにとどまらない。
熊に呼応するように、山に生息する鹿や猪、鳥類までがまるで意思を持ったかのように異常な肉体的な変貌を遂げていく。
東北、北海道から異変が現れたそれらの動物は、全国に渡り従来の野生動物の枠を超えた脅威となった。
各自治体は自衛隊の派遣を要請するも、多すぎる要請と、もはや銃弾が通じないほどに進化を遂げた獣を前に、従来の装備は無力だった。
さらに、政府は自衛隊を国内の野生動物討伐に専念させれば、国境警備や災害救助など本来の任務にも支障が出ると考え始めた。
征歴2026年。
日本政府はついに臨時国会を召集し、山野に生息し、人間に害をなす異形の獣を正式に『魔獣』と認定。
同時に、治安の崩壊を防ぐための特別法――
『魔獣化野生動物対策及び治安回復特別措置法』
通称『ハンター法』
――が全会一致で可決された。
法律の目的は明白だった。
・魔獣対処のための“専門職”を設立する
・自衛隊の負担を取り除き、本来の国防機能を維持する
・魔獣討伐を公的に認め、懸賞金制度で人材を確保する
その結果生まれたのが、国家資格としての新たな職業、魔獣討伐者【ハンター】だった。
それにより一攫千金という夢と、英雄への憧れを抱き、危険な職に身を投じる若者が爆発的に増えていくことになった。
そして政府は、最初の発生源である東北・北海道地域に最も近い中枢都市である宮城県仙台市に、魔獣対策の中核機関としてハンター協会本部を設立。
これにより仙台は、対魔獣戦略の「国家の中枢」としての役割を担うことになった。
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「翔馬、食堂行こうぜ」
「あぁ、いいよ」
声をかけてきたのは犬童環太。
短く整えられた髪に、日焼けした肌に明るくてよく笑い、表情も大きい。
翔馬より頭一つ大きくその姿は見るからに活発なスポーツ青年。
翔馬とは小学校からの付き合いで、性格も声も“知っている親友”そのもの。
けれど翔馬にとっては――似ているだけの“別人”。
なにせ、ここは元の世界ではないのだから。
「今日は何食う?」
「そうだなぁ、焼肉定食かな」
「またかよ。どんだけ好きなんだよ」
翔馬が通う【国立皆方高校】は宮城県にある各都道府県に一校しかない日本政府公認の 「ハンター育成学校」である。
元の世界ではただの公立高校だった場所が、こちらでは“魔獣と戦うための教育機関”へと姿を変えている。
未だにそのギャップに翔馬は慣れない。
ちなみにハンターライセンスの取得方法はハンター育成学校に入学するかハンター試験を合格するかである。
「今日は猪の生姜焼きだな」
「俺は当然焼肉定食で」
この学校の食堂は、前の世界の高校とは決定的に違っていた。
券売機に書かれているメニュー。
猪の生姜焼き、焼肉定食(熊)、焼肉定食(鹿)、熊丼、鹿丼、、、
ラーメンやカレーもあるが、そのほとんどが討伐された魔獣の肉。
魔獣と言っても熊や猪、すなわちジビエ肉を使用した料理ばかりだ。
それらは全て、懸賞金を懸けられた魔獣を討伐した結果、市場に大量に出回るようになったものだった。
「よし! 今日も腹いっぱい食べて、午後も頑張るか!」
「...…そうだな」
翔馬が浮かない返事をした理由は明白だ。
午後から実践訓練がある――それだけで十分憂鬱だった。
この度は読んでいただきありがとうございます。
この作品は、構成、文章を先に考え細かい描写等に関してはAIにて修正しています。
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