第7話 未来を覗いた日
ついに準備が整った。
明日、シェリーの呪いを断つ。
俺はアレスとエリュナを呼び出し、シェリーも交えて作戦を伝える。
そして翌日。
俺はクチバシで、地面に魔法陣を描いていた。
大きさは直径一メートルほど。
この体で描くのはちょっと面倒だ。
しかし俺は賢者。
どうということは無い。
上体を全く動かさない、カモメ式歩法で手際よく魔法陣を描いてゆく。
「よし。魔法陣は完成だ。
まず、最初は俺の番だな。
ちょっと離れて見ててくれ」
魔法陣の中央にカモメ座りで陣取る。
目を閉じて精神を集中し……。
うおぉぉぉぉ。
高まってきた。
今だ。
魔力暴走!
体全体が煌々と輝き始める。
光は徐々に周囲に広がり、人の形に収束する。
やがて輝きは弱まってゆき……。
――――――
「ふぅ。この姿も久しぶりだな。
まずは一旦、服を貸してくれ」
そう。俺は生まれたままの姿で現れた。
すっぽんぽんというやつだ。
このままではシェリーが目のやり場に困るだろう。
エリュナは……人妻だし、まぁ良いか。
案の定、シェリーは『キャー』とか言いながら顔を手で覆っている。
だが、小さく開いた隙間からちゃっかり覗いてる。
俺は見逃さない。
全ては想定通りだ。
素早く服を着こむと、シェリーに向き直る。
「これが、ルカ、さん?」
「モーゼスでいい」
「うん。モーゼスって、その、何と言うか……。
カワイイのね。
もっと男っぽいっていうか、頼もしい大人の人をイメージしてたから……。
それに、思ってたよりずっと若いみたいだし……」
そう。賢者ルカと言われた俺は、女顔だった。
小柄な体格も相まって、女に間違えられることも多々あった。
髭を伸ばし始めてからは流石にその機会も減ったのだが。
今の俺の姿は20歳くらいだろう。
そのように調節した。
だから、髭はまだほとんど生えていないはずだ。
「うわ。本当にルカーヴね。
懐かしいわ。あの頃のままじゃない」
エリュナが声をかけてくる。
そして、そっと俺に近づき、小声で続ける。
「やったわね。シェリーのあの反応。
初恋の時もあんな感じだったから、きっと相思相愛になれるわ」
そう言って俺の背中をバンと叩く。
見ると、シェリーはモジモジしながら上目がちに俺を見つめている。
可愛い。
アレスは空気だ。
お前の出番はない。
「さて、昨日も話した通り、あまり時間は無い。
この姿で居られるのはせいぜい30分が限度だ。
それまでに終わらせよう。
次はシェリーの番だ」
「うん……」
シェリーは小さくうなずき、シャツの前ボタンを上から順に外してゆく。
久しぶりに見せる恥じらいの表情は、成長も相まって……
ゴクリ。
いや、いかん。
集中しろ、モーゼス。
悶々としていると、シェリーがボタンを外し終えたようだ。
大事なところはちゃんと隠れてるな。
ヨシ!
「では、これから魔力を注いで痣の部分を強制的に成長させる。
ちょっと痛いかもしれんが、我慢してくれ。
あと、手を当てる必要があるが、スマンな」
「うん、いいよ……。モーゼス、なら」
か、可愛い……。
いや、そんなことを考えてる場合じゃない。
「そこが十分に成長したら、魔法陣が発動し、魔物が現れる。
そしたら、躊躇はするな。
勝負は一瞬だぞ。
槍は持ったな」
俺はそっとシェリーの頭を撫でてやる。
そして、シャツの上から痣のあたりにそっと手をかざす。
「いくぞ」
俺は再び集中し、今度は手のひらに向かって魔力を集中させる。
成長を促す、土の魔力だ。
高濃度の魔力が染み出し、シェリーの成長を促す。
「あっ。痛たた……」
シェリーが苦痛に顔をゆがめる。
「もうちょっとだ。頑張れ」
そして遂に、それは完全体へと変貌した。
同時に魔法陣が完成し、輝き始める。
シャツ越しに光が見える。
ボンッ!
と音を立ててソイツは姿を現わした。
ついでに、飛び出た勢いで少し見えて……ないな、ヨシ!
「ようやく私の秘術が発動したのね。
可愛い子猫ちゃ──」
「コロス!!!
ハーコック流奥義、サウザンドピークス!」
グエェェェ……!
こ、この、ひ、きょう、も、の……。
「ふん。卑怯でもなんでも、
ヒキガエルよりはマシだわ」
こうしてソイツは消滅し、シェリーは呪いから解き放たれた。
瞬殺されてしまった哀れなソイツのために、俺が補足しておこう。
その名は幻戯獣ミルコロン。
転生神サイラ=コロニアの眷属で、イタズラ好きの迷惑な幻獣だ。
曲がりなりにも神の眷属だけあって、まともに戦うとなると、厄介な相手となる。
ただし、魔法陣から現れた直後に限って無防備で、その力も完全体からは程遠い。
その一瞬のスキをついてシェリーの奥義で仕留めたわけだ。
やったぜ。
この必殺の一撃のために2年以上も費やしてきた。
シェリーの努力の勝利だ。
ちなみに、当然ながらプランBも用意していた。
瞬殺に失敗した場合は、俺とアレスが二人掛かりで仕留める予定だった。
アレスはただ空気になっていたわけじゃない。
その時に備えて氣を練っていたのだ。
剣聖の名は伊達じゃない。
俺?
俺だってもちろん秘策の一つや二つ、用意していたさ。
可愛いシェリーの為だ。
万全を期して臨んだ一戦だった。
――――――
ミルコロンが消滅し、シェリーは構えを解く。
羅刹モードから一転、はち切れんばかりの笑みを浮かべて俺に飛びついてきた。
「やった! モーちゃん。
私、やったのよ。ありがとう!」
少女は聖母へと昇華したことが分かる。
「もう、モーちゃんったら。
また変な事考えてるでしょ」
「ああ。大人になったシェリーがあまりに魅力的で、
つい惹き込まれてしまった」
聖母が相手なら、もう誤魔化す必要はないだろう。
「あ、ありがとう。人に戻ったモーゼスも、
素敵、よ……」
だが、現実は無常。
抱きしめ返そうと思ったや否や、俺の体は再び光を放ち始める。
同時にシェリーの胸元からも光が溢れる。
そして……
「モケー」
俺は、いつものカモメに戻っていた。
見上げると、シェリーもまた、いつもの少女に戻っていた。
うん。
知ってた。




