第55話 聖地への旅路
俺達一行は、想定を超える速度で海路の旅を終えた。
中継地点となる港町で小舟を買う。
ここからは、船旅ならぬ舟旅だ。
春の陽気と涼しさが交差する季節。
俺たちは小舟に乗り、聖地に向かって漕ぎだした。
「やっぱり、大きい舟だと安定感が違うな」
母アストリッドの発案で、少し大きめの舟を買った。
その方が、速度を出せるからだ。
居住性が高まるのも良い。
大きい分だけ値は張ったが、母は金持ちだ。
問題ない。
それに、向こうで売れば金にもなるしな。
俺たちは急いでいた。
善はハリーと言うやつだ。
今は春でも、直ぐに夏が過ぎ、秋へと至る。
冬が来れば、世界は閉ざされる。
何事も、急ぐに越したことはない。
俺と母が後退しながら舟を風で押す。
この速度なら、聖地まで一か月もかからず着けるだろう。
「わぁ、湖みたい。素適ね」
港町を経ってから数日後、川幅が徐々に広がりを見せ始めた。
今や、河の両岸は景色の端に微かに映るのみ。
ただの背景と化していた。
水面は鏡の様に輝いている。
流れはある。
だが、あまりにも遅く、水が止まって見える。
この世界には、俺とシェリーの二人しかいない。
そんな錯覚を覚えた俺の口から、自然と言葉が零れ出た。
「こんな所に新婚旅行で来れたら最高なんだけどな」
シェリーは俺に目もくれず水面を眺めている。
舟があたかも水面を切り裂くような、静かな波を見つめて彼女は囁いた。
「そうね。でも私たち、もうずっと旅してるじゃない。
これが新婚旅行で良いんじゃないかしら」
そう言い終わると、シェリーは俺に顔を向け、微笑を浮かべた。
眩しい。
ぼんやりと、だが力強い後光が差して見える。
シェリーはやはり、俺の女神だな。
視界の端に、母の姿が映る。
母は彼方を見つめ、気付かぬふりを決め込んでいる。
あれは、母なりの気遣いなのだろう。
だが、俺たち二人に恥ずべきところなど、何もない。
男女の愛の語らいは、自然の営みだ。
俺はシェリーの膝に乗り、シェリーは俺の背を優しく撫でる。
俺は、この瞬間の心地良さに身を任せていた。
――――――
俺率いる一行は、湖の様な大河を抜け、続いて小高い山岳地帯を抜けた。
未だに夏の気配は感じない。
それでも日に日に高まる陽気と太陽。
世界の全てが俺達を祝福している。
そんな錯覚を抱きつつ、今日も俺たちは河をゆく。
山の向こうで待ち受けるは森、そして草原。
流れに沿って旅は加速する。
川岸に立つ木々がまばらになる頃、ついにその日が訪れた。
叡者の証が、輝いたのだ。
俺も流石に学習した。
もはや凝視はしていない。
それでも、陽の光の下でも胸元が輝くのが分かる。
「やるじゃないか、モーゼス。
この25年のアンタの生き様が、ここまで導いたんだ。
母さんは嬉しいよ」
母の言葉が心に染み渡る。
俺の準備は整った。
あとは、やるだけだ。
――――――
数日後、河の流れの行く先に、不自然な色が姿を現わした。
思わず俺は飛び上がり、一足先に確かめる。
あれは、間違いない。
「聖地エンシェルムだ」
俺は一羽、空に浮かび、ただ一言。
そう呟いた。




