第53話 叡者モーゼス
ノエリア学術院・総帥ロリコムの執務室の一角。
ソファが置かれた応接所の傍らで、四人は対峙していた。
白髪の老人ロリコム。
モーゼスを胸に抱く少女、シェリー。
そして、老婆アストリッドだ。
今、この場の主導権は、老婆が握っている。
「さっきも言った通り、新たな叡者、モーゼスのお披露目に来たんだ。
それで、サメロス権限で認定したい」
モーゼスの母アストリッドは叡者サメロスの称号を持つ。
サメロスの名は当代一の魔法使いに与えられる特別な称号。
それゆえ、総帥ロリコムに対しても同等の発言力を持つ。
アストリッドは、モーゼスの叡者認定を直談判しに来たのだ。
「そういうことか。
う~む。
規定では可能だが、カモメが叡者か……」
ロリコムは、顎に手を当て目線を下げる。
思案の様子を無言で見守るアストリッド。
一寸の間を置き、彼女の見解を述べる。
「そこは私も確認したんだ。
”人”じゃないとダメなんて規則は無かったよ。
それなら、カモメでも良いじゃないか」
老人は顎を引き、眉間に皺を寄せる。
無言で少し息を吐き、そして答えた。
「アストリッド、さすがにそれは揚げ足取りというものだよ。
とは言え、サメロスが認めたという事実は重い。
一度、モーゼス君の力量を見せてもらってから判断したい。
それで良いかな?」
老婆は両目を広く見開き、即座に同意する。
「構やしないさ。
なあ、モーゼス?」
老婆が横目でカモメを見やった。
カモメは促されるままに、言葉を繋ぐ。
「あ、ああ。それは良いんだが。
確か、叡者の認定って最終試練が必要なんじゃないのか?
あの、迷宮を一人で踏破して来るってやつ」
了承の言葉に続き、カモメは老人たちへと疑問を投げかけた。
だが、カモメの疑問に反応したのは少女だった。
「え? ダメよ、モーゼス。
一人だなんて」
ひと際高い声が、執務室に響き渡る。
少女は目を丸くし、胸元に抱えたカモメを覗き込んだ。
カモメもまた、首を回して少女と見つめ合う。
そこに老婆が舌を鳴らし、左右に人差し指を振ってみせる。
少女とカモメの視線を引き取り、会話に割って入った。
「モーゼス、アンタは叡者サメロスの名の重さを理解してないみたいだね。
サメロスが認めれば、最終試練は必要ないのさ」
「そういうことか。
俺はもう、やる気満々で来てたんだが。
それならシェリーも安心だ……な‥?」
カモメはコクコクと頷き、老婆に答えた。
だが、首を回して少女を見上げた瞬間、言葉が滞る。
彼が見たものは……
目が据わり、表情を失った少女。
その口が、ゆっくりと開かれる。
そして、
「モーゼス、ちょっと」
とカモメに告げる。
低い声だ。
カモメはへなへなと首を縮め、頭を体に埋めて押し黙る。
そんなカモメを少女は無言で見据えている。
少しの沈黙を経て、カモメが声を漏らす。
「ハイ……」
突如、少女は表情に力を取り戻し、老人たちに微笑みかける。
そして、軽く会釈をした。
「すみません、少しだけ失礼します」
そう言い残して、少女は廊下へと向かった。
無論、カモメは少女に抱かれたままだ。
少女が退室し、執務室に静寂が訪れる。
無言で顔を見合わせる老人たち。
何やら、壁の向こうから少女の声がする。
| 《「……何でアナタはそんな大事な事……」》
少女の怒号が壁を抜け、微かに響き渡る。
老人たちは、揃って苦笑いだ。
「若いって、良いもんだね」
老婆がそう呟くと、老人も続いて口を開く。
「そうだな。
モーゼス君は、愛されてるようだ」
老人たちは互いに目尻を下げ、ソファへと腰を下ろした。
しばらくの後、執務室の扉がノックされ、少女が帰ってきた。
カモメを小脇に抱え、羽を固めている。
カモメは頭を体に埋めたままの姿勢だ。
「お待たせしました。
ごめんなさい、取り乱してしまって」
老婆は柔和な笑みを浮かべ、少女に答える。
「いいんだよ。
それじゃあ早速、実技試験と行こうじゃないか」
――――――
四人は訓練場へとやって来た。
訓練場は、学術院の裏手にある。
広場の様な場所だ。
地面には等間隔に杭が打ち込まれ、案山子の体を成している。
案山子の一つに、ロリコムが鉄鎧を着せた。
そして鉄鎧から距離を取り、カモメに告げる。
「ではモーゼス君。
君の魔法を見せてもらおう」
カモメはここでも少女の胸に抱かれていた。
だが、ロリコムの言葉を契機に、カモメは飛び降りる。
地面に降り立ったカモメは鉄鎧を一瞥する。
そして、静かに呟く。
「そうだな。
ここは、アレで行くか。
危ないから、風の障壁は忘れないでくれよ」
カモメは首を回し、背後の少女と老婆に念を押した。
老婆が頷くと、首を戻して嘴を鎧に向ける。
風障壁
カモメが魔法で不可視の障壁を張る。
そして、次なる魔法を行使する。
気化衝弾
嘴の先、障壁の向こうに水球が現れた。
水球は宙に浮かんでいる。
それを見たロリコムの口から声が漏れる。
「おお。これは……」
水球はゆっくりと浮遊し、鎧へと向かう。
そして、鎧に当たるや否や、爆発した。
破裂音が訓練場に響き渡る。
一拍遅れて鎧の周囲に土煙が巻き上がった。
時間とともに土煙が薄れ、鎧が再び姿を見せる。
だが、鎧には穴が開き、形もまた歪んでいた。
「すごい……。
モーゼスの本気、始めて見たかも」
「本気を出せば、まだまだこんなもんじゃないさ。
でも、あれ以上は危ないからな。
結構手加減したんだぜ?
技術を見るだけなら、あれで十分だろ」
少女の上げた感嘆の声に、カモメは胸を張る。
続いて老人が口を開き、その技術を賞賛する。
「そうだな。
気化衝弾か。
制御の難しい魔法だが、ここまで使いこなすとは。
見事だ」
「そうなんですか?」
少女の疑問に、今度は老婆が答える。
「ああ、あれはね、風と水の複合魔法なのさ。
水球の周りを風魔法で覆い、外側に引っ張って水圧を下げるのさ。
この時、引っ張り方が悪いと途中で水球が破裂するんだよ。
上手く、均等に引っ張ってやれば、さっきみたいになる。
繊細な制御が要求される、高等技術だよ」
老婆の解説に少女は一瞬困惑の表情を見せた。
だが、即座に何かを思い直したのか、感嘆の声を漏らす。
「モーゼスって、凄かったのね」
「シェリー……」
少女が漏らした身も蓋もない本音に、カモメは落胆の色を隠せない。
そこに老人の高笑いが響き渡る。
「はっはっは。
いやはや、大したものだ。
モーゼス君は、確かに叡者の証を受け取るにふさわしい。
認めよう。
カモメの叡者、モーゼスの誕生を」
こうしてモーゼスは、新たな叡者として認められた。
――――――
あれから数日後、俺は叡者の証を授与された。
叡者の証はペンダントの様なものだ。
俺専用に鎖を縮めたものが、首から下にぶら下がった。
傍からどう見えるか。
俺はそこには興味はない。
だがこの証は、人間に戻るための手助けになる。
そんな想いを胸に、俺たち一行はノエリアの街を後にした。
これにて第五章完結です。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
この後は何度か閑話を挟み、4/1より第六章を投稿する予定です。
閑話はおそらく2,3話程度。
週末の投稿を予定しています。
一旦ペースが落ちることになりますが、引き続きカモメ賢者と黒髪の少女を宜しくお願いします。
また執筆裏話などを活動報告に乗せておきますので、興味がおありでしたら、そちらもご覧ください。




