第52話 世代の交差点
「私が、学術院現総帥、ロリコム・テオクレスである」
白髪の老人ロリコムは慇懃な態度でそう述べた。
その瞬間、モーゼスとシェリーの纏う空気は困惑の色に変わった。
シェリーの胸に抱かれたカモメ。
カモメはしきりに首を回し、ロリコムとシェリーを交互に見比べる。
シェリーの眉は三日月が取って代わり、視線は虚空へと向かう。
だが、叡者サメロスこと母アストリッドは微動だにせず、
その顔に不遜な笑みを浮かべている。
「ふむ。モーゼス君。私もこの年だ。
君が何を考えているかは分かっているつもりだよ。
私は決して少女趣味など持ち合わせてはおらん。
安心したまえ」
その瞬間、アストリッドの口から空気の抜ける音がした。
「大丈夫だ、モーゼス。
ロリコムに限って言えば、名は体を表さない。
どちらかというと、コイツは熟女専門なんだよ」
「ア、アストリッド。
いくら何でもそれはないだろう」
その瞬間、シェリーは噴き出し、クスクスと笑い始めた。
少女の笑う声はいつでも目立つものだ。
その場の全員が少女の控えめな笑い声の虜になり、注目する。
「ふふふ、お母さん。
ロリコム様と仲が良いんですね」
少女の指摘に老婆は顔を背け、口を尖らせる。
「ふん、誰がこんなジジイと。
こいつは唯の腐れ縁だよ」
老人も負けじと反論する。
「そうだ。
儂だってこんなババアより、
ピチピチギャルの方が良いに決まっておる」
その言葉を聞き、カモメは静かに頷いている。
老人もまた頷いている。
その様子に気付いた少女と老婆は、顔を見合わせ苦笑する。
老人はコホンと咳払いし、姿勢を正した。
そして、老婆に問う。
「それよりアストリッド。
いつの間にこんな可愛い娘が出来たんだ?」
老人がそう発するや否や、カモメの目が光を帯びる。
文字通り、発光している。
カモメは光魔法で目を光らせ、老人を威圧しているのだ。
「こらこら、モーゼス君。
そんな怖い目で私を睨まないでくれ」
老人は、両の掌をカモメに向けて宥めにかかる。
そこで少女も異変に気付き、慌ててカモメの両目を手で覆う。
「だめよ、モーちゃん。
ロリコム様に失礼じゃない」
少女のその言葉に、老人は餅の様な笑みを見せ、言葉を繋げる。
「良いお嬢さんじゃないか。
孫ほど年の離れた少女に欲情するジジイなど、おりはせんよ。
安心してくれたまえ」
「ですって、モーちゃん」
シェリーが掌を離すと、カモメの発光は既に収まっていた。
代わりに理性的なカモメの目が姿を現わす。
「どうもシェリーのこととなると自制が効かないようです。
見苦しいところをお見せしました」
カモメが僅かに頭を下げると、老人は掌を左右に振って応える。
「良いんだよ。
君が少女を大事に思う気持ちはよく分かる。
それは、尊いものだ」
そう言って老人は視線を虚空へと向けた。
彼の言葉を契機に、執務室に沈黙が訪れる。
その、霞みがかった朝の様な空気を再び動かしたのは、少女の言葉だった。
「ところで、ちょっと気になったんですけど。
お母さん、さっきロリコム様とは”腐れ縁”って仰いましたよね。
でも、モーゼス、いやルカーヴさんとは初対面なんですか?」
同時に少女は老婆へと顔を向ける。
老婆は一瞬だけ目で応え、続けて口を開く。
「そうさね。
実は、私がコイツと出会ったのはルカが旅立った後なんだよ。
それでも、もう20年は超えたかね」
「うむ。
その頃から、アストリッドは常に君のことを案じておったよ、ルカーヴ君。
さっきは他人行儀な挨拶で済まなかったな」
老人は、言葉とともに小さく頷き、カモメに目を向けた。
カモメは老婆を見上げ、遠慮がちに呟いた。
「母さん……すまない」
その言葉に老婆は目じりを下げ、カモメの頭に手を乗せる。
そして、応える。
「良いんだよ、ルカ。
それに、ロリコム。
アンタも余計な事言ってんじゃないよ、まったく」
老婆の啖呵に老人は、悪戯っぽい笑みを浮かべている。
二人を眺める少女からは、控えめな笑い声が零れ落ちた。
「ふふっ。お二人の関係、面白いですね。
まるで、長年連れ添った夫婦みたいで、素適です」
少女が突いた先は核心を掠めていたのか、
老婆の顔色が変わる。
「何言ってんだ、シェリーちゃん。
私とコイツはそんなんじゃないんだよ、なあ」
そう言って老婆は老人へと顔を向けた。
老人は、軽く目を伏せ少女を見やり、語りかける。
「そうだな。
我々の歳にもなると、
もはや男女という括りはあまり関係ないんだよ」
老人の言葉に老婆は口端を持ち上げ、満足げな表情を浮かべた。
そして少女に告げる。
「そういうこった。
それに、出会った頃はコイツにも奥さんが居て。
綺麗な人だったよ」
途中で何かに気付いたのか、少女は瞳を開き、声を漏らす。
「え、それじゃあもう……」
老人は、無言でうなずいた。
老人に取って代わり、老婆がこの場を締める。
「老人は老人で、色々あるのさ。
さて、私らの話はこの辺にしといて本題に移ろうじゃないか」




