第51話 総帥との邂逅
叡者の指輪を光らせることに成功した、その翌々日。
俺たち三人は、ノエリア学術院の前に居た。
正面には、幾つもの石柱が等間隔に立ち並ぶ、石造りの建物がある。
「こうして近くで見ると、壮観ね」
頭上からシェリーの声がする。
今日の俺は、彼女の腕の中だ。
「ああ、大したもんだな。
見てみろよ、あの石柱の太さ。
権威の為に、そこまでやるか」
遠目には分からなかったが、石柱の間隔は、通路ほどの幅がある。
石柱の幅も同程度。
これほどの巨大な建造物、どれだけの資金と労力をかけて建立したのか、ちょっと想像がつかないな。
「あれ?
モーゼス、もしかして来るの初めて?」
「ああ、よく分かったな」
「分かるわよ、それくらい。
なんかキョロキョロしてるし。
でも、なんか意外ね。
賢者になった時にも来なかったの?」
そう言ってシェリーが首を下げ、俺の顔を覗き込んでくる。
小首を傾げてきょとんとした表情は、柔らかさと美しさを両立する。
後光が差して見える。
……っと、イカンイカン。
見惚れてる場合じゃなかったな。
「そうだな。
普通なら、ここで試練を受けて賢者の証を貰うんだが。
叡者サメロスは特別なんだよ。
サメロスは、これと認めた弟子に賢者の証を渡せるのさ。
俺はあの島で証を貰ったから、ここには来なかったんだ」
母であり師でもあるアストリッドは、かつて叡者サメロスの称号を冠していた。
その母がこちらを向き、会話に入りたそうにしている。
俺は頷き、母にバトンを渡す。
「そう。
だから、弟子入りに来る奴が後を絶たなくてね。
でも、大抵は碌なもんじゃない。
それもあって、あの島に引きこもってたのさ。
性に合ってたってのもあるけどね」
母の言葉にシェリーは顔を上げ、相槌を返す。
「そうだったんですね。
ちなみに、モーゼスの修行時代って、どんな感じだったんですか?」
「え、シェリー?
そういうのは、俺の居ないところでやってほしいんだが」
唐突な話題転換に抗議の声を上げる俺。
だが、俺の声は無視され母が話題に乗りに行く。
「ははは、たまにはいいじゃないか。
アンタはそうだねえ。
まあ、器用だったと思うよ」
む。
意外と悪くない。
師匠の目にもそう見えてたか。
安心したぜ。
「やっぱり。
魔法で光と音を同時に出したりしてて、
凄いなって思ってたんです」
「ほう。どんなことやってたんだい?」
「アステロンに向かう頃、大道芸で路銀を稼いでた頃があって――」
あ、ちょっと。やめて。
黒歴史をバラさないでー。
――――――
「はっはっは。
カモメの賢者もなかなかやるじゃないか、モーゼス。
目的はともかく、音と光を同時に操るとか、大したもんだよ」
そう。
俺が大道芸で使った魔法は高度なものだ。
風魔法で音楽を鳴らしつつ光魔法の演出も行う。
更に土魔法の粒槍も仕込んでみせた。
並みの魔法使いではここまで出来まい。
そんな他愛もない話をしながら、俺たちは柱の間を通り抜けた。
そして、柱の奥に控える建物入口へと向かった。
入り口前には槍を携えた大男が二人、仁王立ちしている。
母は、その片割れに向かって手を上げ、合図する。
「これはサメロス様。お通り下さい。」
流石に叡者サメロスの貫禄か。
アステロンの時とは大違いだな。
入り口を抜けると扉をくぐると、右手にカウンターがあった。
その奥には初老の女性が座っている。
司書の様なものだろうか。
母は女性に近づき、要件を伝える。
「総帥と面会したいんだが、時間は空いてるかい?」
女性は傍らから手帳を取り出し、何やら確認している。
そして、答えた。
「はい。総帥は只今昼食中です。サメロス様のご要請と有れば」
「なら、案内してくれるかい?」
「かしこまりました。
案内の者をお呼びします。
少々お待ちください」
そう言って女性は頭を下げ、手元の呼び鈴を鳴らした。
――――――
案内役に連れられて、向かった先は総帥の執務室だった。
部屋の扉をくぐると、ソファとローテーブルが目に入る。
ソファには白髪の老人が座り、昼食を取っている最中だった。
この老人が学術院の総帥か。
「やあ。今良いかい? 新たな叡者を連れてきたよ」
母の口調は、友人にでも話しかけるかの様だ。
老人は、手元のナプキンで口元をふき取り、答えた。
「構わんが、その、少女が…‥?」
表情、声色ともに困惑の色を隠せない老人。
片や母はというと、片口を上げてニヤリと笑い、
俺を指さした。
「いや、そこに抱かれてる、カモメさ」
「カモ、メ?」
小首を傾げる老人。
別に可愛くはない。
などと考えていると、母が顎をしゃくり、俺を促した。
「モーゼス、挨拶しな」
なるほど。
コホン。
「初めまして、総帥殿。
私がサメロスの最後の弟子、ルカーヴあらためモーゼスです」
キリっとな。
ついでに光魔法で後光を入れとくか。
いや、母が手で制してきた。
勘が良いな。
同時に頭上から囁くような声が聞こえる。
「(モーゼスが、丁寧な言葉使ってる……)」
こら、シェリー。聞こえてるぞ。
時と場合って、分かってるか?
だが、俺の心配は杞憂に終わったようだ。
「カモメが、喋った?」
老人は目を丸くし、俺を指さしている。
コイツも失礼な奴だな。
だが、俺は紳士だ。
「はい。私はここより北東に位置するエンシェルムで転生術を修め、転生しました。
そして、カモメになってしまいました。
前世同様魔法は使えますし、叡者の指輪の試練も終えています」
老人は、テーブルに手をつき、時折頷きながら、俺の話に耳を傾けていた。
話し終わると、老人は顎に手を当て返答をよこす。
「ふ~む、なるほど。
サメロス様のお墨付きだし、受け答えもしっかりしている。
まずは貴公の言、信じよう」
「さすが、話が分かるじゃないか」
一瞬心の声が漏れたかと思ったが、それは母の声だった。
代弁してくれたんだな、きっと。
持つべきものは、母だ。
うむ。
そこで老人は立ち上がり、襟を正して口を開いた。
低く、落ち着いた声だ。
「そういえば、自己紹介がまだだったな。
失礼した。
私が、学術院現総帥、ロリコム・テオクレスである」
ロリ……コム???
目の前の老人の衝撃的過ぎる自己紹介に、
俺は一瞬言葉を失った。




