第50話 叡者の試練
初めての口付けで恋心を取り戻したシェリー。
そして、再びカモメに戻った俺。
俺たち二人は宿に籠り、時間も忘れて他愛もない話に没頭していた。
夕刻、ドアがノックされる。
母アストリッドが宿に戻ってきたのだ。
シェリーが返事をすると、静かにドアが開き、母が部屋へと入ってきた。
そして、シェリーを一瞥し、驚きの声を上げた。
「シェリーちゃん、その髪どうしたのさ?」
一度目を伏せ、母を見つめるシェリー。
そのまなざしは、いつもに増して鋭く、奥行きを感じさせる。
一呼吸置いて、シェリーは答えた。
「切ったんです。自分で。
ソフィアのことに、けじめをつけたくて」
母は何かを察したのか、目じりを下げて表情を緩ませる。
「そうかい、いい顔になったじゃないか。
この一日で、何かあったのかい?」
母の問いに、シェリーの顔はハッとした表情を見せた。
だが、即座に眉尻を下げ、目線は斜め下へと向かう。
視線が定まらない。
これは……思い出してるな。
俺が替わりに答えるか。
「ああ。まあ、色々な」
――――――
「――それで、モーゼスと過ごす瞬間を大事にしようって」
妄想の世界へと旅立ちかけたシェリーだったが、俺の説明を聞くうちに理性を取り戻したか、最後は彼女が締めてくれた。
口づけの事は、別にいいだろう。
母に言うことじゃない。
「ふ~ん……いいところに着地したね。
私もそう思うよ。成長したね」
母がシェリーに近寄り、頭を撫でる。
同時にシェリーは目を伏せた。
その様子は、どこか心地よさそうだ。
ん?
母さんがこっち見て目配せしてる。
参ったな、全部お見通しか。
それでもシェリーに言わないのは、母の優しさか。
ひとしきり撫で終わると、母はシェリーから手を離した。
そして、俺に目をやり話題を変える。
「ところでルカ、いや、モーゼス。
あんたにいいものを持ってきたんだ」
そう言って母がポケットを漁り、取り出したのは指輪だった。
「これさ。アンタなら、これが何か、分かるだろう?」
「叡者の指輪、か」
叡者の指輪。
それは、叡者の試練の一つ。
あの指輪は特殊な魔道具で、特定の手順を踏んで魔力を流すと発光する。
そんな代物だ。
その手順は、魔力の強弱。
いや、緩急と言ってもいいだろうう。
転生術で転生先を指定するのに似ているのだが、そのやり方、というか変化の波形が全然違う。
この技があるから、母アストリッドは僅か四ヶ月で転生術を習得出来たのだ。
「一週間だ。
一週間でその指輪、光らせてみな」
そう言った母の目は、久しぶりに見る、師匠の目をしていた。
参ったな。
なかなか無茶を言う。
とは言え、転生術に用いる魔力制御に比べれば幾分易しいのも事実。
師匠の挑戦的な眼差しは、『今のお前なら、それくらい出来るだろう?』、そんな言葉を背後に感じさせた。
――――――
あれから三日が経った。
この三日間、俺はひたすら指輪の特訓に励んでいた。
大分いいところまで来ている気がする。
この感じなら、今日にはおそらく出来るはず。
宿の中庭で、指輪を咥えて目を閉じ、集中を深める。
静から動、その瞬発力が肝心だ。
むむむ……。
眩し!!!
目がやられた!
何で俺はいつもこんな目に。
その時、俺の頭に手が置かれた。
この感じ、師匠だな。
頭上から、声が聞こえる。
「やるじゃないか、モーゼス。
これでアンタも叡者の仲間入りだね」
その声は、師匠ではなく、母のものだった。
叡者か……。
正直なところ、その肩書きは、俺には重い。
なんせカモメだからな。
叡智を極めしカモメとか、それはもう、仙人の域だろう。
「能力の話なら歓迎するけど、
肩書きなら遠慮しとくよ。
カモメ賢者って言葉の響き、
結構気に入ってるんだ」
「そうかい。
そこはまあ、好きにすればいいさ。
要件は満たしたんだ。
人間に戻れたら、
その時にでも名乗れば良い」
叡者の要件。
それは、火・水・風・土の基本四属性に加えて光・闇、そして治癒魔法も使えること。
そして、叡者の指輪を光らせる、魔力制御。
確かに、満たしてるな。
ただまあ、叡者がカモメなんて、前代未聞の話だろう。
その点、賢者なら……。
これも大概か。
まあ、良いだろう。
大事なことは、俺が一段上の技術を身につけたという事だ。
「さて、明日は学術院に行って、新たな叡者のお披露目といこうじゃないか」




