第49話 恋心、ふたたび
窓から日が差す宿の居室で、ついに唇を交わした俺達。
互いに抱き合ったまま、甘い時間を過ごしていた。
俺に抱きつき、胸に顔をうずめるシェリー。
俺は彼女の頭を抱き、親指で黒髪を何度も撫でる。
ふと、彼女の声が聞こえた。
「――ねえ、モーゼス?」
「ん?」
「さっき、あなたがカモメのままでもいいって言ったけど……」
俺の、腰に回ったシェリーの腕に、力がこもる。
そして、続ける。
「やっぱり、人間のモーゼスがいい」
カモメのままでもいい。
それは、シェリーの心からの言葉だったと思う。
でも、さっきのキスで再び恋心に火が灯ったか。
俺は、取り返しの付かないことをしてしまったのか。
いや、まだ17歳の少女が、あんな覚悟をして良いはずがない。
俺は、必ず人間に戻り、この子を幸せにする。
「シェリー」
俺は、手のひらで大きく、ゆっくりと頭を撫でた。
やわらかく、その手触りは絹のように滑らか。
美しい、黒髪だ。
「ごめんね、わがままで。
好きよ、モーゼス……」
消え入るようなか細い声で、シェリーが愛を囁く。
その声、その言葉が、俺の心の隙間に染み渡る。
俺の心は、瞬く間に甘さに支配された。
甘さが命じ、口が応じる。
「俺もさ、シェリー」
シェリーが再び抱きしめてくる。
そして、ゆっくりと顔を上げ、目を閉じた。
そこには、恋する少女の顔があった。
女神などではない、等身大の、少女の顔だ。
俺も目を伏せた。
少女の唇が、触れる。
「ん……」
――突如、俺の体が光に包まれ浮遊感に襲われる。
くそっ、またいい所で。
まったく……
「モケー」
俺の姿はカモメに戻り、シェリーの足元に佇んでいた。
すかさずシェリーが俺を抱き上げ――
て、こない?
首を回して見上げると、シェリーは両手で顔を覆い、佇んでいた。
だが、顔の全ては隠せていない。
手の端から覗く顔の縁は、桜の花びらの様。
ほのかな赤みが初々しさを感じさせる。
これは――
可愛い……。
やはり、シェリーは天使だったのか。
俺はベッドに飛び乗り、カモメ座りを決め込む。
シェリーが落ち着くまで、天使の姿を堪能することにした。
いつまで眺めても、飽きる事はない。
彼女を幸せにするのは、俺の役目だ。
――――――
ほどなくして、シェリーは両手を静かに下げた。
その顔は微かな熱を残し、目元も潤んで見える。
「モーゼス、ありがとう。
私、嬉しかった……」
そう言って彼女ははにかみ、俺の横に腰掛けた。
顔は、正面を見据えている。
照れているのか。
その時、俺の背に手が置かれた。
そのぬくもりは、いつもより少しだけ、温かい。
「私、ソフィアの分まで、精一杯生きるわ。
だから、モーゼスも……」
シェリーが言葉に詰まる。
いろんな感情が沸き上がり、言葉にならないのだろう。
だが、俺の返事は決まってる。
「ああ、俺は諦めない。
必ず人間に戻って、寿命を全うしてみせる」
「うん……」
シェリーが座りなおし、彼女の太腿が羽に触れた。
背中に置かれた手が滑り、横から俺を抱え込む。
今の俺は、小動物だ。
「それまで、カモメの体で不便をかける。
もうしばらく、我慢してくれ」
もう一つの手が、俺の首に添えられた。
「うん。でも、私は大丈夫。
だから、焦って危ない事はしないでね」
相変わらず優しいな。
でも、心の深奥に潜む、少女の望みも吐露してくれた。
そして、その望みはきっと叶う。
「そうだな。
それに、さっき気づいたんだが、
母さんの思惑はおそらく――」
――――――
「そんなことが、出来るの?」
シェリーが目を丸め、俺の顔を覗き込んでくる。
その表情に、もはや陰りは感じられない。
よかった。
いつものシェリーが、ついに帰ってきた。
ソフィアの死を経て、瞬間を生きる力強さを携えて。
「多分な。それを確かめに、聖地に行くんだ。
後は……俺次第だな」
シェリーの再起に安堵した俺は、
そう言って心の帯を締め直したのだった。




