第45話 至福のカモメ
俺を肩に載せ、シェリーは丘縁の小高い頂へとむかう。
「あっ、見て。すごい!」
頂上へと辿り着いた俺たち。
眼下にはノエリアの街、そして遠く水平線へ続く海原が広がっている。
「まるで、空から見下ろしてるような気分になるな」
「へぇ~。
じゃあ、モーゼスっていつもこんな世界を見てたのね。
……いいなあ」
む。なんかちょっと、シェリーの反応が変わったか。
さっきの抱擁で、シェリーもまた何か思うところがあったのか。
この感じなら、カモメ話を続けても良さそうだ。
「そうだな。
実際、俺もカモメにされたときは戸惑ったが、
空を飛ぶのが事の外楽しくてな」
そう言って地面に飛び降り、羽根を広げて見せる。
っと、風が強いな。
身体が勝手に、浮きそうだ……。
慌てて羽を畳み、事なきを得た。
危ない危ない。
しかし、ちょっと羽根が暴れてるな。
羽を小刻みに動かし直していると、俺の頭に手が乗せられる。
後ろでシェリーがしゃがみこみ、笑みを浮かべている。
振り向かずとも見える、カモメの視界だ。
「ふふっ。モーゼスはおっちょこちょいね。
でも、カモメの姿も面白そうね。
いっそのこと、私もカモメになるのはどうかしら?」
え。そんな……。
シェリーみたいな美少女が、何て勿体ないことを。
そこまで想ってくれるのは男冥利に尽きるが、それはさすがに……。
「う~ん…‥俺は、シェリーにはシェリーのままでいて欲しいな。
カモメになんてなったら、せっかくの美人が台無しだぞ」
シェリーが大きく目を見開き、一寸の間を置いて目尻を下げ始める。
そして、俺の頭をゆっくりと擦り始めた。
俺も、首を回して嘴をシェリーに向ける。
「ふふっ、ありがと。
でも、私だって年を取るし、いつかはオバサンになるのよ。
それでもモーゼスは、私を、愛してくれる?」
そう言って、はにかんだ表情を浮かべるシェリー。
さっきの台詞が気恥ずかしかったのか?
普段は涼し気な、紫陽花の如き美少女が、俺にだけ見せてくれる。
その姿はどこかいじらしく、可愛さと美しさが黄金律で溶け合った芸術作品の様。
シェリーの放つ輝きは、本物だ。
そして俺は、幸せ者だ。
答えは決まってる。
「勿論さ、シェリー」
――――――
俺たちは、頂付近に突き出した、丸みを帯びた岩に腰かけた。
と言っても、俺はシェリーの隣でカモメ座りな訳だが。
世界を眼下に従え、神になった気分で昼食を楽しむことにする。
いや、実際シェリーは女神だしな、俺の。
俺も神だし、人間に戻れたら、転生神の所にカチコミに行ってやろうか、まったく。
「――ぇ。ねぇ、モーゼス?」
「ん?」
「どうしたのよ、急に黙り込んで。
目つきも鋭いし、何かあった?」
シェリーが小首を傾げ、覗き込むように見つめてくる。
可愛い……。
やっぱ、こういうところは年相応だよな。
沈黙を続ける俺に困惑したか、きょとんとした顔へと色彩を変える。
その表情がまた……
「あ、ああ。ちょっと転生神の事を思い出して、な」
するとシェリーは目線を上に向け、何か考え込む仕草で俺に答える。
「転生神ねぇ。お母さんも、何か声を聞いたって言ってたわね」
透き通った、でも奥行きも感じさせる。
美しい声だ。
っと。見とれてないで返さないと。
「ああ。だとすると、会話はできるってことか。
そんな方法が、聖地で見つかれば良いんだが……」
「そうね……」
語尾を濁した俺の背に、シェリーの手が置かれた。
そして、親指だけで小さく擦り始めた。
繊細な動きだ。
シェリーの愛情を感じる。
俺は、首をシェリーの太ももにもたげ、瞼を上げ、閉じた。
いつまでそうしていただろう。
時間を忘れ、愛撫の心地良さに身を任せていた。
おもむろに指の動きが止まり、ぽんと背中を叩かれた。
「おしまいっ」
やはり、美しい。
シェリーの声は、その外見以上に俺を惹きつけてやまない。
瞼を開き、首を戻して見上げると、シェリーが優しく微笑んだ。
「そろそろ、ごはん食べましょうか」
――――――
俺とは反対側の、傍らに置かれた背嚢からパンを取り出すシェリー。
小さくちぎって差し出してくれる。
しかも、皮は外して内側の柔らかい部分だけ。
そんな心遣いが甲斐甲斐しく、そしてまた、愛おしい。
掌を突かぬよう、慎重にパンを啄む。
視界の端で眺めたシェリーの顔は、目尻は下がり、頬も緩んで見える。
これで俺が、カモメの姿でなかったなら――
と、そこへ一羽のカモメが舞い降りた。




