第41話 少女から伴侶へ
今、俺は湯に浮かび、同じく湯船に浸かる母の胸に抱かれている。
良い歳こいて何やってるのか、恥ずかしい限りだ。
しかし、今の俺はただのカモメ。
絵面としてはカモメを抱く老婆。
おぞましくはないな、ヨシ。
むしろ和やかなくらいだ。
などと自己正当化を続けていると、不意に母から言葉が発せられた。
「なあ、ルカ。そういえば、そのティシアって子とは、なんで別れたんだい?」
「ん? ああ。そういえば話してなかったな」
「シェリーちゃんも居たしねぇ。
でも、今は私らだけなんだ。せっかくだし聞かせておくれ」
「そうだな。実は――」
――――――
「ふうん。そらまた難儀な話だったね」
母の手が、頭から首、背中へと何度も滑り降りる。
この体のせいか、まるで赤子をあやすかのような母の所作に、
俺は年甲斐もなく心地良さを感じ、緩む心のままにその身を母に預けていた。
「それにしても、魔力容量が多すぎると、寿命が延びるのか。
初めて聞いたよ、そんな話。
叡者なんて偉そうな肩書名乗ってるけど、私もまだまだだね」
そう言うと、母は手を止め、小さくため息を吐いた。
叡者、それは賢者すら導く叡智の結晶に与えられる称号。
だが、それでも全知全能とはいかない。
世の中は広いし、分からないことだらけだ。
俺も、ルカとしての旅路でそれを思い知らされた。
むしろ、知らないことは知らないと言える、
自らの認知に明確な線を引ける者、それが叡者たる所以だろう。
「そうは言うけど、俺も聖地で初めて知った話だしな。
さすがに仕方ないんじゃないか?」
頭を逸らして母の顔を見上げると、母が頷いた。
「そうだね。しかし、そうするとルカ。
アンタも普通よりは魔力が多いほうだったろう?
10年くらいだったら長生きできるんじゃないか?」
「そうか! いや、でも……」
確かに、かつての俺の魔力は普通の魔法使いに比べておよそ3倍程度だった。
ティシアは15倍くらいだったか?
彼女はまさしく突然変異の類だが、俺だって異常値の域だ。
それなら俺の寿命だって、少しくらいは長くても……
「何か兆候みたいなのは無かったのかい?」
「そうだな……周りに比べると髭が生えるのが遅かったし、
年より若く見える方ではあったかな。
でも、そんなやつはいくらでも居るしなぁ。
なんかこう、一目で分かるような違いは無かった気もするけど、
流石に細かいことは覚えてないな」
俺の言葉に母は天を仰ぎ、一寸の間を置いて再び俺へと目を合わせた。
「なるほどねぇ。
まあ、10年程度じゃ普通の長生きの範囲だ。
それじゃあ見分けがつくもんでもないか」
「ああ。ところで、母さんって今何歳なんだ?
想像してたより随分若く見えて、俺はびっくりしてたんだが」
そう。俺の記憶が確かなら、若き日の俺が旅立ったころでも50は超えてたはずだ。
だとすると、今は75歳は超えてる計算だ。
でも、目の前の母は60くらいにしか見えない。
もしかして、母の魔力量も……?
頬に手を当て、無言で首を傾げる母にもう一度聞いてみた。
「ちなみに、母さんの魔力量って大体どんなもんなんだ?
今まで気にした事も無かったけど。
でも、母さんも見た目と歳が釣り合ってないよな、そういえば」
「ほう。嬉しいことを言ってくれるじゃないか。
そうさね。私はざっと、普通の三倍くらい。
アンタと一緒くらい……って、そうか。
それなら――」
「で、何歳なんだ?」
……
突如として訪れた静寂。
再びこの場は水音に支配された。
~万物の源たる水。それは時に、空気をも支配する~
ふむ。今日はあまり調子が乗らな――い?
クチバシ掴まれた。
「ルカ。良いこと教えといてやる。
女の歳とウニの棘には、触れるもんじゃない」
マジか。
「さて、そろそろ上がるかね。
久しぶりにアンタとサシで話せて、私は嬉しかったよ」
――――――
その晩、灯の消えた闇夜の中で、俺はシェリーの枕元に座り、悩みに耽っていた。
寿命の話をしておくべきか、それとも土に埋めるか。
安心できるだけの材料は十分に見つかった。
それでも確証はない。
こんな話をしたとて、シェリーの不安を無駄に煽るだけではないか。
それなら隠し通すのも一つの手か。
だが、この期に及んで隠し事も……。
俺の思考は堂々巡りを続けていた。
終わる気配は感じられない。
そんな折、ふいにシェリーの声が聞こえた。
「ねぇ、モーちゃん。何悩んでるの?
お母さんとお風呂で何かあったのかしら?」
「ん? ああ。そうだな……」
どこで感知されたか。
はたまたシェリーはやはりエスパーなのか。
いずれにせよ、この期に及んで隠し事は、無理があるか。
「実は――」
そうと決まれば話は早い。
俺は、風呂場での会話を包み隠さずシェリーに伝えた。
そして、
俺は今、シェリーの脇に収まっていた。
身体は横にし、首から上はシェリーの肩に載せる、腕枕の格好だ。
シェリーの鼓動が首を通して伝わってくる。
先ほどまで俺の心中で暴れていた渦は、シェリーの言葉で立ちどころに霧散した。
ようやく俺も、眠りにつけそうだ――
――――――
「モーゼス……あなた、言ったわよね。
離さないって」
「……そうだな」
「私ね、あの時、本当に嬉しかったのよ。
それで、決めたの。
私の心をあなたに捧げるって。
だから、そんなことで悩まないで。
もしあなたが先に逝くなら、その時は私が笑顔で送ってあげるわ。
だから、安心して。
私は一人じゃない。
貴女のくれた勇気がいつでも私を支えてくれるの」
「シェリー……すまない」
「もう、なんでそこで謝るのよ。
いつものおっぱい好きのカモメさんはどこに行ったの?
私が癒してあげるわ。
おいで?」
「ああ……。
ありがとう、シェリー」
こうして俺は、シェリーの脇に体を収め、眼を閉じたのだった。




