第4話 恥ずかしい呪い
窓際がにわかに明るくなり、俺は意識を取り戻す。
朝だ。
シェリーはまだ寝ているな。
抱き枕にされるかと思ったが、意外にも俺は自由だ。
シェリーは仰向けに布団を羽織っている。
俺は布団越しに寄り添い、カモメ座りで寝ていたようだ。
下手に動くと起こしてしまいそうだし、少し考え事でもするか。
逆転生術について思い出す。
昨日は出来るとエリュナに言ったものの、この体のままでは難しい。
魔力が足りない。
カモメの体となった今、俺の魔力量は、体感でかつての10分の1程度。
それに加え、女性の体にはとある神秘が宿るため、一般的には女性の方が魔力が多いとされている。
俺の知る逆転生術は、人間の頃の俺が女性化して得られる魔力を前提として何とか行使できる、そんな代物だった。
その前提が崩れた今、どうするべきか。
などと考えているうちに、シェリーが目を覚ましたようだ。
「ん……おはよう、モーちゃん」
「おはよう、シェリー」
「先に起きてたんだ。
でも、私に気を使ってくれたのかしら、
傍にいてくれたのね。
ありがとう、モーちゃん」
シェリーは寝ぼけ眼のまま表情を緩め、俺の背中を撫でる。
昨日から思っていたが、シェリーの会話は感謝から始まる。
きっと心からのものだろう。
アレス、お前の娘は素直で良い子だな。
「いや、シェリーの傍にいるのがなんだか心地良くて、
もうしばらくこのままでいたいと思っていた。
それだけだ」
「ふふ。 モーちゃんは本当にお上手ね。
前世のルカさんは、きっと素敵な叔父さんだったんだろうなぁ。
変態って言ってしまって、ごめんなさい。
ところで、私が勝手にモーゼスって名前を付けちゃったけど、
ルカさんって呼んだ方が良いかしら?」
「いや……。ルカ―ヴの名は過去のものだ。
そして俺は、今はシェリーが付けてくれた名前を大事にしたい。
そう思ってるよ」
シェリーの目が大きく開かれ、俺を見つめてくる。
心なしか瞳孔も開いているようだ。
そして、素早い手つきで俺を胸元に抱え込む。
「ホントに? ありがとう。
モーちゃん大好き♡」
シェリーに抱きつかれながら、ふと昨日の話を思い出す。
アレスが俺に、シェリーの魔法教師になってほしいって話だ。
いや、そもそも不吉そうな痣があるって話だったな。
俺が見れば、何か分かるかもしれん。
何せ俺は賢者だからな。
「なぁ、シェリー。
昨日アレスから聞いたんだが、不思議な模様の痣があるんだって?
ちょっと見せてくれないか?」
シェリーは一瞬ハッとした表情に変わったと思えば、両手でつかんだ俺を体から遠ざけて今度はジト目を向けてくる。
「モーゼスのえっち……」
「はぁ?」
――――――
何を言っているのか分からなかった。
だが、何か誤解されていることだけは分かる。
アレスが不吉に思って心配していることや、エリュナが吉凶ともに感じていること、賢者の俺が見ればある程度の判別がつくであろうことを真摯に説明した。
良かった。
シェリーは納得してくれたようだ。
「分かったわ。
じゃあ、モーゼスは本当に何も知らなかったのね。
恥ずかしいけど見せてあげる」
そう行ってシェリーは俺に背を向けパジャマのボタンを外し始める。
そして、体を腕で隠しつつ、こちらに向き直る。
「これよ、モーちゃん……」
腕の隙間から、確かに痣のような模様が胸のあたりに見える。
あの位置なら、さっきのシェリーの反応も納得だ。
アレスの野郎、分かってて場所の事を黙ってたな。
しかも、おれが見ようとするように仕向けやがった。
後でとっちめてやる。
「すまないな、シェリ―。
不便をかけるが、しばらくそのままでいてくれ」
「うん……」
こうして俺はシェリーの痣を観察し、集中する。
なんか、この模様は見たことがあるんだよな。
これは確か、転生法の初歩で見たことがある気がする。
ただ、ちょっと形が崩れているような……。
考え込むこと10分ほど。
「シェリー。大体わかった。
恰好を直してくれ。」
シェリーの表情がパァっと明るくなる。
天使スマイルは今日も健在だ。
俺はシェリーに背を向ける。
紳士の心遣いだ。
「ちょっと待ってね。
…………もういいわよ、こっち向いても。
それで、この痣は何だったのかしら。
教えてくれる?」
「うん。その痣は、呪いの一種だな。
まだ発動してない。時限式だ。
その模様は魔法陣の変形で……」
「変形で?」
「オホン!
胸が大人になると模様が正位置になり、呪いが発動する。
知ってると思うが、成熟した女性の胸には強い魔力が宿る。
女性に優れた魔法使いが多い理由だ。
この呪いは、胸の発達とともに魔法陣が完成し、
同時に魔力を吸い取り発動する」
「な、何よソレ!
そんな下品な呪い、誰が考えたのよ!!!」
シェリーが激おこである。
顔を真っ赤に染めて、その眼には炎が宿って見える。
右拳を固く握り、今にも誰かに殴り掛からんとする勢いだ。
大人しい子かと思ったが、意外に過激なのか?
いや、流石にこの呪いの条件はバカバカしくて、かの有名な聖人でも助走をつけて殴るレベルだ。
この反応はむしろおとなしい方だろう。
「どうどう。まぁ落ち着くんだ。
この話をシェリーにしたのにはわけがある。
俺なら、賢者モーゼスならこの呪いを解くことが出来る」
「ホントに?」
「あぁ。任せとけ。何も心配はいらない」
シェリーは力が抜けたようにその場にへたり込む。
目元にはうっすら涙が浮かんで見える。
「この痣の事、お父さんがずっと心配してたのは知ってたわ。
でも、お母さんはそんな風でもなかったから、
あまり気にしないようにしてたの。
今分かったわ。お母さんはきっと、
モーゼスが何とかしてくれるって感じてたのね。」
「そうだな。多分そうだと思う。」
良かった。
今朝までのシェリーの様な、愛嬌たっぷりのクール系美少女が返ってきた。
「ところで、呪いの内容って何だったのかしら?」
「それはな、発動するとヒキガエルに転生する呪いで……」
「コロス!!!」
ヒィー!
ガクガクブルブル……。
この子は、エリュナの血を、引いている。




