第38話 転生術の反芻
母アストリッドとシェリー。
二人の手のひらに包まれて、カモメの感情は静けさを取り戻した。
そして、育ての親を初めて『母』と呼んだ。
その瞬間、母の眉が一瞬上がった。
だがすぐに戻り、今は柔和な微笑みを見せている。
「大分落ち着いたみたいだね、ルカ」
「ああ、すまない。心配をかけたようだ。でも、もう大丈夫だ」
「まあ、これも母の務めさ。気にすることはない。
それに、シェリーちゃんのおかげもあったしね」
「お母さん……」
アストリッドの微笑みが、今度はシェリーへと向けられた。
対するシェリーも目尻を下げ、モーゼスに続いて母の名を口にした。
これで3人の心が嚙み合ったか、場に生じた乱れや淀みはいつしか霧散していた。
「さて。ルカも元気になったみたいだし、次はシェリーちゃんの番か」
「え?」
アストリッドはカモメから手を放し、胸前で両腕を組んだ。
背筋は伸び、その表情は力を帯びて見える。
「魔法の出力、上げたいんだろう?
すぐには伸ばせないけど、方法は、ある。」
「本当ですか?」
アストリッドは片口を上げ、不敵な笑みを見せる。
賢者すら導く者、叡者。
その叡者が明言した、方法の存在に、シェリーの声が弾む。
「ああ。基礎訓練のようなものさ。覚えておいて、損はない」
「是非教えてください!」
シェリーは前がかりになり、溢れ出る興味を全身で表現していた。
方やアストリッドは満足げな笑みを浮かべ、静かにうなずく。
そして、答える。
「もちろん、そのつもりさ。
さあ、そうと決まったらルカ、アンタは外で散歩でもしてきな」
突如として話を振られたカモメ。
体に埋めた首を伸ばし、その嘴をアストリッドへ向けて、答える。
「え? なんでまた唐突に。俺も興味あるんだが――」
抗議の声を上げかけたが、叡者の手が伸び、カモメの両目を覆い隠す。
そして、一瞬だけシェリーを見やり、一段低い声を吐き出した。
「ここから先は男子禁制だよ」
「……ああ、そういうことね。
シェリー、頑張ってな」
カモメは嘴を傍らに伸ばし、シェリーの太ももを突いた。
彼なりの激励だろう。
「うん。任せといて」
婚約者のはつらつとした返事にカモメは頷き、立ち上がった。
そして、ソファから床へと飛び降り、トトトと歩いてドアの向こうへと姿を消した。
――――――
カモメは嘴で器用にドアを開け、叡者の庵の外に出た。
羽を広げてゆっくりと地面を仰ぎ、その体が軽やかに持ち上がる。
そして宙を舞い、最寄りの海縁へと降り立った。
羽をたたみ、地面に座る。
「さて。師匠に教えるなら、準備しとかないとな。ええと……」
眼下の海は、移ろいゆく波間でサファイアのような煌めきを放ち続けている。
その煌めきを両の瞼で遮り、カモメは意識を自らの内側へと向け始めた。
日の高まりを瞼越しもに感じられる、そんな頃にカモメは再び眼を開いた。
そして、思考を反芻するかの如く、呟き始めた。
「大体整理できたかな。
まとめると――
全方向から均等に魔力を流すのが肝心だ。
その上で、絶えず強さに変化を与える。
これは、魔法陣に刻んだ転生先と同調させる必要がある。
また、始めるときは、鋭く短く、鼓動のように。
転生先との同調は、丁寧に始め、丁寧に終わる。
――といったところか」
そんな折、家のほうからカモメを呼ぶ声がする。
「ルカー! そろそろおかえりー!」
アストリッドだ。
カモメは首を回し、声の主を一瞥する。
そして飛び上がり、大きな弧を描いて家へと舞い戻った。
アストリッドが両手を伸ばすと、カモメは羽をはばたかせて舞い降りる。
ちょうどカモメがその胸元に収まったころ、シェリーがドアから姿を現した。
その頬は、ほんのり赤みを帯びている。
そんな婚約者の姿を見て、カモメは少し考えを巡らせた。
(シェリー、またなんかされたのか……。
いや、きっと筋トレの様なものだろう。
俺は何にも気付いていない――)
即座にカモメは自己暗示に入り、平静を装って見せた。
彼は知っている。
気づかぬふりをする、それもまた優しさの一つなのだと。
――――――
あれから、弟子は師匠に転生法を伝え、自らの成長ぶりを示した。
それからは、3人は各々の鍛錬に勤しみつつも、時には揃って釣りに行くなど、濃密な家族の時間を積み上げていった。
そして、3か月が過ぎた。




