第37話 叡者、そして母
「ルカ、教えてくれるな?」
アストリッドおばさんがこんなことを言い出した。
唐突すぎるし、なんか軽いな。
転生法って、そんな気軽に手を出すもんじゃないと思うんだが……。
俺の背に、ゆっくりと手が添えられる。
横に腰掛ける、シェリーの手だ。
彼女もまた、何かを感じている。
だがしかし、想像では埒が明かん。
聞いてみるか。
「うん、おばさん。
それは構わないんだが、なぜ?」
おばさんは、両の瞼を一瞬持ち上げたかと思うと微かな笑みを見せる。
笑顔の奥には師匠の目が潜んで見える。
遠い日の記憶とたがわぬ、全てを見透かしたような目。
昨日見せた母親の顔とは違う、叡者サメロスの威厳を感じさせる。
俺は昔からこの雰囲気が苦手だった。
そして今、再確認した。
やはり苦手だ。
しばらくの沈黙ののち、おばさんは表情を崩し、理由を語り始めた。
「そうさね。
まずは、百聞は一見に如かずって言うだろう?
考えて分かることなら、昨日言ってたティシアって子でも何とかなるだろ。
アンタだっているわけだし」
「まぁ、そうか。
でも、俺だってカモメになったんだ。
俺の知ってる転生法が不完全なのかもしれない。
それでも――」
「だからさ。
私もこの年だ。
何があっても、諦めもつくだろう?」
「そんな無茶な……」
相変わらずこの人の発想は斜め上を行く。
25年ぶりに再会した、その翌日にこの発想とか、やはり敵わんな。
師匠は師匠、ということか。
「それに、遅かれ早かれアンタ等はまた旅立つだろう?
そして、それが恐らく、今生の別れになる。
そう思えば、転生法で何かが起こるとしても、大して変わらないさ」
「おばさん……」
シェリーの手に力が入るのが、背を通して感じられる。
彼女もまた、緊張している。
そして、俺は。
様々な思いが頭の中を駆け巡る。
拾われた日のことは、もう思い出せない。
だが、気が付けばそこにいて、俺を優しく包んでくれた。
そしていつしか厳しさを増した修行の日々。
だが、そこには血を超えた愛が、あったのだ。
俺は、心のどこかでまた会えると楽観していた。
だが叡者と呼ばれる師、そして母は、既に覚悟していたのだ。
思考が収束を始めると、今度は頭の奥が熱を帯びる、そんな感覚が沸きあがる。
が、涙は出ない。
カモメの体では、この感情を受け止め――
ふと、頭を何かが包み込む。
母の手だ。
「そんな悲しそうな顔、するんじゃないよ、ルカ。
これはただの、自然の摂理、というやつさ」
言葉は、出てこない。
頭と背には、二人の手が添えられ、ゆっくりと撫でてくる。
その感触が徐々に俺の心を解きほぐしてくれたのだろう。
いつしか、俺は言葉を取り戻していた。
「ありがとう、母さん」




