第35話 再会の抱擁
モーゼスとシェリー。
カモメと少女は港町を背に南へと進む。
緑の樹木が点在する、枯れ草色の草原。
乾いた空気と相まって、どこか寂しさを感じさせる。
少女は外套を纏い、フードを被って日差しから身を隠す。
そして、左肩にカモメを乗せ、歩き続ける。
少女の額には汗がにじみ、時折袖で汗をぬぐう仕草を見せる。
港町から一時間ほど行くと、小さな集落が現れた。
集落を遠目に通り過ぎ、そこからほどなく離れた海縁の崖。
その崖下に、小綺麗な一軒家が建っていた。
「ここが、モーゼスの育ったお家なのね?」
「ああ。とはいっても、ここで過ごしたのは10年くらいだけどな。
15歳くらいまで修行して、その後は旅に出た」
「そう……なんだか緊張するわね」
シェリーは外套を脱ぎ、髪を整え、服のたるみを伸ばす。
「どう? この格好、おかしくない?」
「ああ。どこに出しても恥ずかしくない、最高のお嬢さんだぞ」
「もう。すぐそうやって……。
でも、ありがと。嬉しいわ♪」
シェリーは微笑み、再びモーゼスを左肩に乗せる。
そして、玄関まで足を進め、ドア横の呼び鈴を鳴らす。
一寸の間を置き、家の奥から足音が近づいてくる。
「はーい」
張りのある声と共にドアが開き、姿を現したのは中年の女性だった。
女性は、意外の訪問者――カモメを肩に携えた少女――の出で立ちにやや面食らった様子を見せる。
「えっと……どちら様でしょうか?」
「こんにちは。
私は、シェリサンドリカ・ヴェルナードと言います。
ここに、叡者サメロス様がいらっしゃると聞いて、
お会いしたくて伺いました」
「おやまあ。これはご丁寧に。礼儀正しいお嬢さんね。
私はエイレーネ。サメロス様の、身の回りのお世話をしているわ。
お通しするのは構わないんだけど、その前に用件を教えてもらえるかしら?」
「エイレーネさん、初めまして。
実は、サメロス様に、義理の息子のルカーヴが参った、
とお伝えしていただきたくて」
シェリーが口にしたのは、モーゼスがカモメとなる前、まだ人間だだったころの名前、ルカーヴだった。
「ルカーヴ……って、ええ!? 坊ちゃんが? でも、どこに?」
「それが、この子なんです。色々ありまして」
シェリーが肩のカモメに手をやり、背中を擦ってみせる。
そこでカモメが口を開く。
「そうなんだ。俺は、ルカが転生した、なれの果てだ。
アストリッドおばさんに顔を見せようと思って来たんだが」
「え? 喋った?
それに、どうしてその名を……本物?」
エイレーネは、口に両手を当て、その目を大きく開いてみせる。
そこに、家の中からもう一人の人影が姿を現した。
「なんだか騒がしいね。」
それは、老婆だった。
ウェーブのかかった銀色の髪。
それを後ろで一括りにしている。
紺に縁取りされた白色のローブをまとい、
背筋を伸ばしたその姿は、どこか貫録を携えて見せる。
「あっ。お館様。実は――」
「なんか、ルカの気配がするような。え、そのカモメは、まさか」
「やあ。ルカだよ、おばさん。ただいま」
「ちょ、ちょっと。モーゼス、そんないい加減な」
動きを止め、微動だにしない老婆。
やがて、老婆の両目から雫が溢れ、頬を伝う。
そして、両手を差し出し、静かに呟いた。
「ルカ。おいで」
カモメは無言で飛び立ち、老婆の手のひらに着地する。
老婆はカモメを胸元に抱き寄せ、語りかける。
「ああ。この感じ。間違いない。ルカ……生きてたのかい」
「すまない。ずっと顔を出せなくて」
「良いんだよ。こうしてまた会えたんだ」
「おばさん……」
老婆は瞼を閉じ、カモメを深く抱きしめる。
カモメもまた、その身を老婆に預けている。
しばらくの後、老婆はゆっくりと両目を開き、やや驚いた表情で目線を少女に向ける。
「ところでルカ。このお嬢ちゃんは?」
「初めまして。婚約者のシェリサンドリカ・ヴェルナードです」
「こんな別嬪さんを捕まえて。やるじゃないか、ルカ。
私はアストリッド・トレイン。ルカの育ての親を自称しておるよ。
表向きにはサメロスの名で通ってるがね」
そう言って老婆は肩をすくめて見せる。
「ところで、なんでルカはこんな姿に?」
「実は、そのことで叡者サメロス様に相談がありまして――」
シェリーが説明を始めた途端、老婆は何かに気づいたかのように眼を開き、その言葉を遮った。
「ああ、いけない。こんなところで。
まずは中に入ろう。シェリーちゃん、で良いかい?」
「はい、ありがとうございます。アストリッドさん」
こうして、カモメ賢者のモーゼスとなった嘗ての賢者ルカーヴは、25年ぶりに育ての親との再会を果たしたのだった。




