第32話 二人の時間
マリアたちと別れを告げ、馬車が出発した。ヴァルディクの街を囲む、地の果てまで続くかのような草原。辿り着いたころは、晩夏の衰えを感じさせない力強さを見せていた。だが、今や琥珀色へとその姿を変え、やがて訪れる白銀の季節の前触れを感じさせる。
「過ごしやすい季節になってきたわね」
「ん、そうか? 俺は夏のほうが好きなんだが」
「そういえば、モーゼスはそうだったわね。
私たち、上手くやっていけるかしら?」
「そうだな……。ま、何とかなるだろ。愛さえあれば」
「愛、ねえ」
そう。シェリーは北国育ちなので、暑さにはめっぽう弱かった。
俺とは真逆だな。
だが、晩秋のこの時期に山脈越えを狙う俺たちにとって、シェリーが寒さに強いのは好材料だった。
俺? 俺はまあ、羽毛とかあるから。
かくして二日後、次の街に到着した。
この街、石造りの外壁や建物などはヴァルディクと似たようなものだが、ヴァルディクのような物々しさは薄く、代わりに人々の熱気を感じる。
にぎやかな街だ。
「この街で、小舟を買うのよね。
マリア先生に教えてもらった工房、モーちゃん場所わかる?」
「大体の見当はついてる。ただ、俺もこの街は初めてだからな。
っと。そっちじゃない。多分もう二つ隣の、こっちの筋だ」
俺はいつもの定位置で、口を出す係。
シェリーは実際に足を動かす係。
俺たちは分業制だ。
「よくそんなの分かるわね。
私には何が何だかさっぱりよ」
「方角で大体のところはな。
まあ、そうやって地図をクルクル回してるうちは、まだまだってことさ」
「ぶー」
シェリーが不満気だ。
だが、こればっかりは仕方がない。
俺にはシェリーが分からない理由が分からない。
そんな分かり合えない男女が共に歩む。
そこにきっと、意味があるのだろう。
あの後無事に小舟を買えた。
大きさは、全長4メートルほど。
俺とシェリーの二人きりなら十分な大きさだ。
翌日、小舟に荷物を運びこみ、早速出発する。
ここまでは陸路だったが、ここからは水路で河を遡る。
そのためにこの街に立ち寄ったのだった。
「風が気持ちいいわね。
それに、水の音も」
「そうだな。だが、俺にはちょっと速すぎるかな。
風で羽根がはためいてる」
おもむろにシェリーが両手を広げ、俺に差し出してくる。
「おいで、モーちゃん」
「ああ」
俺がシェリーに身を預けると、彼女は両手で胸元に抱え込む。
むむ。やっぱり成長してるよな。
いい傾向だ。
「あ、またモーちゃん他のこと考えてたでしょう。
私とおっぱいと、どっちが好きなのよ、もう」
「え? そ、それは……」
「それは?」
首を回し、シェリーの顔を見上げてみる。
言葉とは裏腹に、上機嫌そうだ。
確かに、二人きりの舟旅で、なんか新婚旅行みたいだもんな。
まあ、まだ新婚でもないわけだが。
そして、この雰囲気なら、これだ。
「内緒☆」
決め台詞とともにバチンとウインクして見せる。
どや。
「………………プッ……なによそれ。
マリア先生の真似して」
シェリーは僅かに破顔して、クスクスと笑い声が漏れる。
頭上に掌が乗り、ゆっくりと撫でてくる。そして、
「お姉さん、素直な子は好きですよ」
シェリーが笑いをこらえている。
だが、限界は近い。
「ふ……ふふっ。
あの時の、モーちゃん……」
なんかツボに入ったみたいだ。
笑い続けるシェリーに抱かれるうちに、俺もなんだか嬉しい気持ちが膨れ上がる。
そして、いつの間にやら二人、揃って笑っていた。
――――――
舟旅は続く。
俺たちは今、南の山岳地帯へとやってきた。
未だ緩やかだが、ここまでずっと流れに逆らい遡上してきた。
俺が風魔法でせっせと風を送り、ここまで船を押してきた。
そして、時にシェリーも真似をする。
だがやはり、彼女の魔法は出力が上がらない。
何なんだろうな、これは。
もはやサイズが足りないとは思えないが。
う~む。
まあ、結局はただの相関ということか。
何事にも例外はある。
「なんか、アステロンに向かってた頃を思い出すわね。
あの時も道の両側を壁に挟まれた感じで、山の圧迫感すごかったもんね」
「そうだな。あの時もそうだったが、こうやって山が視界を埋め尽くす様を目の当たりにすると、なんかこう、畏れる気持ちが湧いてくるというか。感じるものがあるよな」
「あら。いつも不敵なモーゼスにしては珍しいわね。
あの、ミルコロンだっけ? 転生神の眷属の。
あの時は神をも恐れぬって感じだったのに」
そう。幻戯獣ミルコロン。
幼き日のシェリーを悩ませた、呪いの元凶。
かつて俺がおびき出し、シェリーが瞬殺した。
「あの時はまあ、シェリーのためだったし。
それに、俺もカモメにされたしな。
腹いせってわけじゃないが、転生神に対しては思うところもある」
「そうね……。昔、お母さんは『赤い糸』だって言ってたけど、そうだったのかしらね?」
「そうだな。そうかもしれん。ただ、そうだとしてもヒキガエルはなあ。
あの時のシェリーの怒りっぷり。今でも同一人物とは思えないほどだったぞ」
「ふふふ。あんな私の姿を知ってるのは、モーゼスだけよ。
救ってくれてありがとう。愛してるわ」
「ああ。俺も、愛してるよ、シェリー」
やはり、二人きりの旅はいいものだ。




