表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
カモメ賢者と黒髪の少女  作者: ジャパンプリン
第二章 過去と向き合う旅(再会編)
14/42

第14話 女神の涙

 魔法都市アステロン。

その中心部から少し離れた高台に建つ豪邸。

これが、ティシアの家か。

この大きさなら、俺とシェリーが増えても問題ないだろう。

それに、ティシアはシェリーの気持ちに正対する覚悟を決めたようだ。

先ほど生じたわだかまりも、うまく解いてくれるだろう。


シェリーは落ち着いて見える。

だが、その表情からはいつもの後光が成りを潜め、

今はむしろ漆黒の髪が存在感を主張する。

左肩に座った(カモメ)に時折、頬を寄せてくる。

その都度、俺も首を寄せ、応える。


今日は……。

道化に徹するか。


そんな決意を固めた俺に、ティシアが告げる。


「さあ、着いたわ。ここが我が家よ。

二人とも、アステロンに居る間は自由に使ってちょうだい。

貴方達ならいつまででも歓迎よ」


――――――


 ティシアに促されて屋敷の玄関口をくぐるシェリーと俺。

執事かメイドの出迎えを想定していたが、中は静かだ。

その意味するところはつまり……。

俺は先ほどまで居た研究室を思い出し、身を震わせる。

そのとき、シェリーがそっと、羽に触れてきた。

彼女もまた、感じている。


玄関ホール正面には階段、その両側には廊下が伸びる。

廊下には一定間隔で扉が並び、そのうちの一つに俺たちは案内される。

ここは、リビングか。

覚悟を決めて室内に目線を向ける。

そこに待っていたのは、驚くほど小綺麗に整えられた空間だった。

良い意味で予想を裏切られた。

そして、


「ここには、一人で暮らして、るんですか?」


ついにシェリーが沈黙を破る。

その声色は、穏やかだ。

表情も、先ほどまでよりやわらいで見える。

彼女が何を思い、そこに至ったのか。

それは、分からない。

だが、屋敷の様子から、何か感じるものがあったのだろう。


「そうよ。ずっと一人。

 それより、やっと貴女の声が聞こえた。

 ありがとう。嬉しいわ」


「いえ。私こそ。

 取り乱してしまって、ごめんなさい。

 せっかくティシアさんが気を遣ってくれたのに……」


ティシアは、いいのよと言わんばかりの笑みを浮かべ、

シェリーの頭を軽く撫でる。

シェリーもまた、微笑ほほえみでそれに応える。

よかった。

この感じなら、軽口の一つくらい交わせるだろう。



「一人でこの豪邸を管理してるのか。

 正直とてもよく片付いてて、感心したぜ。

 大冒険が始まるかと身構えてたが、失礼した」


「ふふん。分かればいいのよ。

 この程度、私には造作もないわ」


ティシアが反り返ってみせる。その表情は、どこか得意げだ。

感心していると、廊下の奥から円盤のような物体が床を滑るようにやってくる。

音は聞こえない。僅かに浮いているのか。


「これは、ゴーレム、なのか? 初めて見るが……」


「ええ。これは私が作ったゴーレムと魔道具の合いの子で、

 屋敷内を巡回して隅々まで掃除してくれるの。

 可愛いでしょ。タマちゃんって言うのよ」


可愛い、か?

あ、壁にぶつかった。

一拍置いて方向を変え、また進みだす。

その様は、心なしか困っているように見える。

これは、確かに、なごむな。

あ、離れてく。

ちょっと待て、俺も行く。


「スマン。ちょっと行ってくる。

 タマちゃんが心配だ。

 後は任せた」


俺は定位置から飛び降り、トトトと歩いてタマちゃんを追いかける。


俺の役割は、ここまでだ。

もう、心配はいらない。


――――――


 ルカーヴが行ってしまった。

『後は任せた』なんて捨て台詞を残して。

ちょっと、唐突過ぎるんじゃないかしら。

もう、相変わらず勝手な人ね。

私の身にもなってみて欲しいものだわ。


それに。

こんな気持ち、もう諦めてたのに。

本当に罪な人ね。


もう会えないと諦めてたのに、あなたは帰ってきた。

目の前の少女とともに。

一目見て分かったわ。

私の恋は、一縷の望みすら絶たれてしまったのだと。


でも、それでも。

少しくらいいいじゃない。

許してよ。

私だって、もう20年もこの孤独に耐えてきたのだから。



「モーゼス、行ってしまいましたね」


()()が私の心を現実に引き戻す。

その名はシェリサンドリカ・ヴェルナード。

かつて苦楽を共にした、エリュナとアレスの愛娘。


不思議な子ね。

この子を前にしたら、その幸せを願わずにはいられない。

そしてこの子は、私の犯した過ちからルカーヴを救い上げてくれた。

私だって、なんて思うのは、きっと思い上がりね。

たぶん、この子だから出来たことなんでしょう。


でも、この子が私からルカーヴを奪い取ったのは事実。

なのに、私はどうしてこの子を憎めないのかしら。


それはきっと、この子があなたのために流した涙を見てしまったから。


「……シアさん。ティシアさん!」


少女の問いかけが聞こえる。

いけない。

また思考の海に沈んでしまったのかしら。

私の悪い癖ね。

この子を傷つけてはいけない。

それだけは分かる。


「ああ、シェリー。ごめんなさい、ちょっと考えごとをしてたみたい」


「そうですか。良かった……。

 てっきり、モーゼスに呆れてたのかと。

 でもモーちゃん、さっきのはヒドイですよね。

 私たちを放ってタマちゃんの方に行くなんて。

 後でとっちめておきます。

 安心してください」


そう言い放った少女の顔は、私には直視できないほどの眩しさを放っていた。


この、朝陽に映える紫陽花の様な少女から、一度でも光を奪ってしまったのは私。

だから、紫陽花(あじさい)に再び光を灯すのも、私の役目。

そう思ったら、自然と口が動いていた。


「シェリーちゃん。あのバカは放っておいて、先にお風呂に入りましょうか」


――――――


 今、私は少女と同じ湯に体を預けている。

あの人と、いつか一緒に入ろうと大きく作ったお風呂なのに、初めて迎えた人があの人を奪った相手だなんて、これが因果というものかしら。


「なんでティシアさんはモーゼス、いえルカさんと結婚しなかったんですか?」


そう。ルカーヴは私に求婚(プロポーズ)してくれた。

その言葉は、私が心から望んでいたもののはずだったのに、

私は拒絶してしまった。


「それはね……きっと、怖かったのよ。私。

 一人、取り残される、未来が」


()()()は気付かなかった、後になって気付いた私の本当の弱さ。

あなたのため、なんて強がってたけど、それは嘘ね。

今ならすべてを飲み込めそうな気がする。



「ねえ、シェリーちゃん。

 今の私、何歳に見える?」


私の唐突な問いに、少女は眉根を寄せて首をかしげる。

この仕草、エリュナのものね。

ホント、ずるいわ、この子は。


「えっと。25歳、くらい。

 あ、でも……」


「そう。私、年を取るのが遅いのよ。

 本当は、貴女のお母さんと同じくらい」


「それって、もしかして。

 ティシアさんにも、なにか呪いが」


その瞬間、唇がゆるみ、それを隠すかのように湯面に顔を沈めてゆく。

少女の眼前から泡が湧き出るその姿が、どこか抜けた音に飾られて。

本当に、愛おしい。


「呪い。そうね。

 そういう見方もできるわね。

 私、何かの突然変異で、人より魔力が多いのよ。かなり。

 そのおかげで賢者としての名声も得たわ。

 でも、その代償なのかしら。

 私の生きる時間は、人のそれよりも長くなってしまったの。

 そして、そのことに気付いたのは、私の心が彼に奪われた後だった。

 すべてが、遅かったのよ。


 私を残してあの人が先立つ。

 その未来が変えられない事を彼が知ったら、

 きっと彼は耐えられなかったんじゃないかしら。

 私も隠し通せる気がしなかったしね。


 でもね、男女は理性じゃないの。

 それを超えられなかった時点で、私にはその資格が無かったのよ、結局ね。

 だから、彼と結ばれる未来はどこにも存在しなかったの」


――――――


「……っ……」


声にならない声がした。


「そんなの……まちがって……ます」


続く言葉は、儚くも、か弱い少女の悲痛な叫び。


「どうして……そんな……こと……

 モーゼスも……ティシアさんも……

 だれも……しあわせに……」


歪んだ少女の顔が、明かりに照らされる。

濡れそぼったその顔が、いっそう眩しさを増す。

その姿は、まさに現世に降臨した女神。


ああ、シェリーは、旧友たちが贈ってくれた、救いの女神だったのね。


気が付けば、私はシェリーを抱きしめていた。

母になるって、こんな気持ちなのかしら。

素適ね……。


「ありがとう。シェリー。

 本当に優しい子。

 私の代わりに泣いてくれているのね。

 私はもう、涙は枯れてしまったのかしら、

 思い出してもあまり辛さは感じないの」


シェリーが私を抱き返してきた。

その腕にこもる力が、徐々に強さを増すのがわかる。


「そんなのって……

 ひどいです……」


私は少女の髪を、そっと撫でながら続ける。


「そう。貴女の言う通り。

 でも、女と男って、そういうこともあるのよ。

 それに、彼は貴女と想いを通じ合ってる。

 きっと、今の方が幸せを感じてるはずよ」


あれから20年を経て、懐かしい気配を感じた。

飛び出してきたら、ルカはカモメになっていて、少女と共に居た。

すぐに察した。ルカは幸せを掴めたのだと。


「そして今、あなたが私のために流してくれる。

 その涙が、私の心を洗い流してくれるの。

 ようやく、傷が癒える時が来たのね」


「ティ、シア、さん……」


よかった。私はついに、許された。


――――――


孤独の賢者がゆっくりと瞼を閉じ、その頬に一筋の光が走る。

その姿は、月下に咲く白百合の美しさを醸し出していた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ