第13話 少女の震え
ティシアに連れられて、隣の部屋に移動した。
この部屋は、先ほどの部屋より大きいな。
槍を振り回しても大丈夫そうだし、何ならちょっとした演舞くらい出来そうだ。
しかも、先ほどまでの樹海とは打って変わって物が無い。
文字通り、何もない。
あるのは床と壁、それと申し訳程度の小窓が少々。
ここはおそらく演習場か何かなのだろう。
「ここは、実験室よ」
首を回して観察していると、ティシアから正解が告げられる。
いや、クイズじゃないんだからさ。
先に言ってくれよ。
「さて。どんな魔法陣を使ったのか知りたいから、
一度ここに書いてもらえるかしら?」
そう言ってティシアはペンとノートを差し出してくる。
さっきの部屋から持ってきてたのか。
「良いけど、俺が書いたのはもっと大きくて、
直径一メートルぐらいだったぞ」
「縮小版で良いわ。見れば大体分かるから」
確かに、魔法陣の効果にサイズはあまり関係がない。
ただ、小さくなると、その分流し込む魔力に繊細な制御が必要になる。
俺が以前使ったときは魔力暴走状態だったので、制御で楽をするために大きい魔法陣を必要としていた。
俺はクチバシでペンを受け取り、床に置かれた紙に器用に書いてゆく。
……はずだったが現実は無常。
カモメの身でペンを扱うには無理があったようだ。
10枚の落書きを生み出した末に、クチバシにインクを取って直接書くことに。
ようやく完成した。
ティシアは完成した魔法陣を手に取ると、何やら難しい顔をしながら魔法陣を眺めている。
いや、分析しているのだろう、あれは。
時折、「あ~」とか「ん~」といった声が聞こえくる。
そして、
「ねえ、ルカーヴ。
ここ、ちょっと教えて欲しいんだけど」
「どれどれ。
そこの記述は時間操作の中核を担う部分だな。
中央のΨ字が……」
「モーちゃんが真面目な話してる……。
ホントに賢者みたい」
約一名、婚約者の評価が酷いが、そこは聞かなかったことにしよう。
これはあれだな。
空気にならないよう気を使ってくれたんだろう。
相変わらず聡い子だ。
「なるほど。分かったわ。
これなら何とかなりそうね。
実験の準備してくるから、ちょっと待ってて」
そう言ってティシアは研究室へと向かった。
実験室に残された一羽と一人。
シェリーがおもむろに口を開く。
「ねえ、モーちゃん」
「ん?」
婚約者の口から出たいつもの呼び名。
だがその声は、普段通りの親愛の情ではなく、様々な感情が入り交じったもののように聞こえた。
修羅場の、予感が、する。
――――――
「ねえ、モーちゃん。
ティシアさんとの関係、教えてくれる?」
あ~、やっぱそれか。
あのティシアの反応を見た後では、『ただの友人』で済むはずはないよな。
この話は墓まで持って行くつもりだったが、そうだな。
ここまで俺のすべてを受け入れてくれた、シェリーになら。
隠し事は、無しだ。
……
……
……
「モーちゃん……辛かったのね」
俺は現在、シェリーの腕の中。
やわらかい布団に挟まれて、至福の時を過ごしていた。
辛かったのはとうの昔。
現在の俺は、幸せそのものである。
「過ぎた話だ。今はもう立ち直ったし、それに。
シェリーが傍に居てくれるなら、これ以上の幸せは無いさ」
たまには本音で語り合う。
これが夫婦円満の秘訣だと、アレスは言っていた。
シェリーが俺のために心を痛めてくれている。
目の前の、その事実が俺の心を浄化してくれる。
「ホントに? 無理しなくていいのよ」
「ああ。シェリーがこうやって慰めてくれたから、俺の心は無事救われた。
今の俺は、いつものエロ可愛いカモメ賢者だ。
だから安心してくれ」
「モーちゃん……」
決まった。
この雰囲気ならもう少し踏み込んでも許されるはず。
好機、来たる。
天命は我にあり。
今だ!
「ちょ、ちょっと。どこ触ってるのよ!
ちょっと待って、こんなところで。
何するのよ!」
!!!
痛てぇ!
グーパンされました……。
そんな無体な。
――――――
シェリーに伸されて星の海を漂っていると、扉がガチャリと開いてティシアが帰ってきた。
「二人とも、いいところだったみたいね。
お邪魔だったかしら。
でも、実験の準備が整ったわ。
早速始めましょう」
「邪魔じゃ、ないです。
それに……ティシアさん。
その前に、一つ、聞かせて欲しいことが、あるんです」
シェリーが真剣な表情で問いかけた。
珍しく言葉に棘がある。
これは、修羅場の予感。
こっちが本命か。
俺はさりげなくシェリーの後ろに退避する。
「どうして……
どうしてモーゼス。
いや、ルカーヴさんの気持ちに応えてあげなかったんですか?」
足元から見上げるシェリーの背中は、小刻みに震えていた。
声は静かなのに、肩だけが、必死に堪えるように揺れている。
その姿は、いつもより少しだけ、縮んで見える。
対するティシアはシェリーの言葉を受け、その瞳をわずかに広げる。
だが、答えない。
そこに、消え入るような声でシェリーが続ける。
「それに、出会ってからずっと、ルカって呼んでる。
モーゼスに、昔を思い出させるような事。
やめて……ください」
泣いているのだろうか。
表情は見えない。
俺は見ない方が良いだろう。
ティシアはその瞬間、ぴたりと動きを止めた。
表情が少しだけ沈み、それから、何事もなかったように穏やかな笑みを作った。
そして、ゆっくりと口を開く。
「……そうね。その話は、ここじゃ何だから家に帰ってからしましょうか。
実験は、明日ね。
それと、しばらく滞在するんでしょ?
私の家に、是非泊まっていって」
シェリーは沈黙を続けている。
俺は、そっと左肩に飛び乗り、右の羽を広げて頭を包み込む。
今度は俺が慰める番だ。
そして、代わって答える。
「ああ。ここは暫くかかりそうだし、
泊めてもらえると助かる。
しばらく世話になるぜ」
「もちろん。
あなたたちなら、いつまででも大歓迎よ」
そう返したティシアの表情は、先ほどの緊張が嘘のように穏やかなものに感じられた。




