第12話 魔法と転生術
アマルティシア教授の研究室。
雑多な物で溢れかえる、その部屋の一角。
壁際に置かれた角机の角を挟む様に、ティシアとシェリーは椅子に腰掛けている。
俺はシェリーのお膝の上。
時折りシェリーが背中をそっと撫でてくる。
さながら、老婆の膝上で丸くなる、ネコになった気分だ。
ネコは俺の天敵。
敵を知り、己を知れば百戦危うからず。
つまり、俺はただ寛いでいるわけではない。
むしろ、来たるべき会戦に向けて、牙を研いでいるのだ。
今、俺の頭上ではティシアとシェリーがガールズトークに花を咲かせている。
吾輩は空気である。
なるほど。ネコの気持ちとはこういうものか。
幸せそうだな、アイツらも。
「ルカはね、口では拘って見せるけど、本音のところでは興味ないのよ」
「そうなんですか、でも、そんな風に見えなかったというか……。
頭の中は、ずっとそればっかりでしたよ?」
「実はね、彼は気のある相手の体にしか興味ないの。ちょっと実験してみましょう。
ほら、こうやって腕で挟んで寄せて……」
む。 胸部境界が変形したか。
特異点分布の変動を見るに、主極が移動した訳では無さそうだ。とすると極の位置は…… 」
「ほらね。」
「ホントだ……って、え?どうしよう? モーちゃんが壊れちゃった……」
「大丈夫。私には解る話をしているわ。
次に。 ほら、挟み込む様にして、抱っこしてご覧なさい?」
「えっと……こうかしら。」
……遠くから俺を呼ぶ声がする。
シェリーの鼓動だ。
そして、やわらかいものを感じる。
これは、俺だけに許された布団。
この布団は、俺の心を癒してくれる…… 」
「ほらね。試しに、私も同じ事してみましょうか?」
「だ、ダメです!」
……コイツら、仲よさそうだな。
やり方はともかく打ち解けたみたいだし、もう放っておいても大丈夫そうだ。
さてと。
この隙に、たまには基礎のおさらいでもするか。
困った時には基礎に立ち返る。
古来より受け継がれてきた鉄則だ。
――――――
魔法使いの資質を決める要素は何か。
大雑把には、三つある。
まずは、出力。
これが大きいほど魔法の威力が上がったり、範囲が広がったりと、これ次第で出来ることの幅が広がる、基礎的かつ重要な要素だ。
次に、容量。
魔法の行使には魔力の消費を伴う。
これは、その者が一度、例えば一日に消費可能な最大魔力量を表す。
一般に、行使する魔法に込める魔力量を増やすほど、威力や範囲といった効果も高まる。
容量が大きいと、大魔法を連発できるといった具合だ。
出力と容量は、身体の成長とともに発達するが、訓練で伸ばせるものではない。
先天的な資質を意味する。
また、これらの資質は女性の胸の大きさと相関がある事が知られている。
男性にも高い資質を持つ者は存在するが、女性の場合身体的な資質と胸部からの影響が重畳するため、一般的には女性の方が魔法に対して高い資質を持つ。
三つめの要素は、制御だ。
魔法使いは、魔力を制御し、多彩な魔法を操っている。
他にも、体内の魔力を魔法へと変換する効率であったり、魔法の範囲を絞って密度を上げ、その威力を高めたりと、同じ魔法であっても結果に差をもたらす、いわゆる技術に相当する。
この資質は、修練によって後天的に伸ばすことが出来る。
それ故に、男性魔法使いにとってはこの部分が生命線になる。
とはいえ、女性であっても技術がなければ魔法を使えないのは同じ事。
結局は修練が必要になる。
――――――
「……というわけで、ここアステロン魔法大学で学ぶ学生は、
制御技術について専門的に学んでるのよ」
「へえ〜。という事は、
ティシアさんは、その制御技術を究めて賢者になったんですか?」
シェリーの目線はティシアの胸元へと向かう。
そう。ティシアのそれは、大きくはない。
先ほどすれ違った学生達などは、風船でも入れてるのかと思うほどだったが。
「ちょっと……どこ見てるのよ。
失礼ね、私だってそんなに負けてないわよ?」
「ご、ごめんなさい。つい……」
「ただ、大きさが全てってわけでもないの。
あれはあくまでも傾向だから。
例外は存在する。
私みたいにね」
と言い放ったティシアの言葉は、力強さを感じさせるものだった。
だが、言葉とは裏腹に、その表情はどこか投げやりに見える。
同時に、シェリーが指先に力をこめたのが、羽根を通じて伝わってくる。
シェリーも違和感を捉えたようだ。
でも、痛いから。羽根……離して?
――――――
「それで、改めて貴方たちの話を聞かせてもらえるかしら?」
「ああ」
それから俺は、ここに至るまでの経緯を説明した。
シェリーとの馴れ初めから、呪いを解いて婚約に至るまで。
そして、逆転生術行使への手掛かりを求めて、ここへ来たこと……等々だ。
「ふ〜ん。 相変わらず器用な事するのね。
気になったのは、一度人間に戻った話、かしら。
後は、婚約の所も大事ね」
いや、婚約云々は関係無いだろ、常識的に考えて。
無視だ無視。
「ああ、あれは転生術の応用でな……」
転生術は、大別して二つの要素に分割される。
一つは時間操作。
自身の体を一旦分解して、過去または未来へと結像させる。
操作出来る時間の長さは、術に込める魔力量に比例する。
もう一つは転生先の指定だ。
通常、未来の姿は不確定なので、これを指定して初めて術は成立する。
この指定とは、自身の魔力を転生神に捧げ、お伺いを立てる事である。
拒否された場合は未来を結像出来ず、術は失敗する。
過去への時間操作は、指定が無くても行使出来る。
これが、シェリーの時に使った術だ。
だが、これは神の承諾を得ていないので、その姿で定着出来ず、時間で元に戻る。
シェリーを一時成長させたのも、この術の応用だな。
――――――
「なるほど。一旦整理しましょうか。要点は三つね。
・過去への時間操作は、出来ない事はない
・転生先の指定は出来ない
・魔力暴走を使わないと、どちらも出来ない
つまり、魔力量の問題を何とかしないと元に戻れないって訳ね」
「そうだな。でも、魔力暴走をここで試すのはナシだぞ。
あれは負担が大きいし、それでも魔力が足りないのは実証済みだからな」
「そうね。でも、一つ思い当たる方法があるわ。
ここじゃ何だから、ちょっと場所を変えましょうか」
ティシアに促されて俺たちは立ち上がり、隣の部屋へと移動した。




