第11話 賢者たちの過去
「はじめまして、アマルティシア・ローメリクよ。ティシアって呼んで」
ティシアは地面に手を突き、ゆっくりと立ち上がった。
そして、豪華なローブについた砂を払うそぶりも見せず、手を差し出す。
砂付いてんぞ、おい。
シェリーも気づいたのか躊躇してる。
「えっと……」
「ん? ああ、ゴメンゴメン。砂付いてたね」
ローブで手のひらを拭い、改めて差し出された手。
シェリーは一瞬目を丸くしたが、咄嗟に握り返す。
「私の方こそごめんなさい。
シェリサンドリカ・ヴェルナードです。始めまして」
ごめんなさいが言える、良い子だ。
後で出水で手を洗ってあげよう。
「さすがに両親によく似てる、宝石みたいな美少女ね。
それで、ルカーヴはこの子の護衛?」
「護衛? まあ、そう見えるかもな。
でも違う。俺とシェリーは相棒だ」
「そ、そうです……!」
ん?
いま一瞬……気のせいか。
ティシアはさっきと変わらぬ笑みを浮かべたままだ。
――――――
「それにしても、良く俺だって分かったな。
しかもあの勢い、もしかして、俺が来たのに気づいてたのか?」
「え? だって、魔力の雰囲気はルカのそれだったし、
私が魔力検知に強いの、知ってるでしょ。すぐ分かったわ」
「それ、エリュナにも言われたんだが、魔力の雰囲気って何?」
「「え?」」
意外な方向からも声が飛んでくる。
シェリーだ。
あれ? 分かってないの、俺だけ?
「そんなこと、ここですぐ分かるでしょ?」
そう言ってティシアは自分の胸の辺りをトントンと叩く。
ポヨンポヨン。
ふむ。インパルス応答は狭帯域か。あの寸法と周期なら弾性率は…いや、密度も個人差があるな…… 」
「なんかモーゼスが難しいこと言ってる。初めて見たかも」
ハッ。
いかんいかん。
邪念が走った。
取り戻せ、健全な心を。
頭を振って姿勢を正し、その仕草の先に視線を戻す。
むむ……やわらかそうだ。
よし、理性が帰還した。
吾輩は、賢者である。
「あ、いつものモーゼスだ。おかえり」
そこで笑みを浮かべたティシアが、ずいと近寄り俺の頭を指ではじく。
!!! 痛った。
デコピンしやがった。
か弱いカモメに何てことしやがる。
「女性を前にして考えることじゃないでしょう、それは。
でも、すぐ分析はじめる癖、ルカはちっとも変ってないのね」
……なんだ、嬉しそうじゃないか。
――――――
「ここで立ち話も何だし、私の部屋に行きましょうか」
ティシアに先導され、正門をくぐる。
クズの門番が恨めしそうに睨んでいる。
コイツ……全然反省してないな。
もう一発いっとくか?
「ダメよ、モーちゃん」
シェリーがひょいと俺を持ち上げ、胸元に抱え込む。
そして、なだめる様に背中をゆっくりとさすり始める。
ぬぅ。
殺気が漏れていたか。
シェリーに免じてこの場は許してやろう。
門をくぐると校庭の様子がより鮮明になる。
正門からまっすぐ伸びた並木道、その先にはティシアが飛びだしてきた建物が見える。
球根屋根を三つ携えた、立派な建物だ。
並木道の奥には花壇があり、さらにその向こうには別の建物が並んでいる。
両側の建物はちょっと格式が落ちるな。
などと観察していると、頭上から問いかけられる。
「さっきからキョロキョロしてるわね。
まるで、初めて来たみたい」
む。鋭い。
よく観てるな。
でも、俺じゃなくて景色を見ろよ。
「そりゃそうさ。俺はここの卒業生じゃないからな」
「え? そうなの?」
シェリーの目が丸くなる。
その反応につられてティシアもちらりとこちらを見た。
「そうよ。ルカは大学組じゃないの。
ちょっと珍しい系統の人なのよね」
そうだ。
俺は、あの人の最後の弟子。
大学なんて表舞台には、とんと縁がなかった。
――――――
扉をくぐると、そこは廊下だった。
なんの変哲もない廊下。
……そうか、ここは勝手口か。
と、そこに曲がり角から集団がぞろぞろと歩いてくる。
学生かな?
なんだか女の子が多いような。
「みんな、大きい……」
俺を胸に抱いたシェリー。
その指先に、徐々に力がこもってゆ――痛たた。
羽根! 引っ張ってる!
抗議の声を上げようと首を伸ばすと、途端に視界が闇に覆われる。
シェリーの掌だ。
「見てはダメ。教育に悪いわ」
そのまま俺は連行された。
久しぶりだな。
今回は誘拐バージョンか。
――――――
「もう良いわよ」
ふぅ、ようやくシェリーの許しが出た。
うわ、眩しっ! 何も見えねえ。
眼をしぱしぱさせていると、ようやく視界が戻ってきた。
ここは、ティシアの研究室か。
そこら中に物が散らかり、その奥にはひと際背の高い、器具の様なものが鎮座している。
~ その姿はさながら樹海にそびえる世界樹のよう ~
ゴミの山ですら俺の前には絶景へと早変わり。
賢者の魔法の神髄だ。
ふむ。そして、今日の俺は、詩人でもある。
と、一仕事終えた余韻に浸っていると。
「ルカ。貴方、何か失礼な事考えてるでしょ」
痛たた。
また羽根引っ張られた。
今度はティシアか。
――――――
部屋の片隅に置かれた作業机。
机の上も物で溢れかえっているが、角に少しだけ空白地帯が残されている。
その角を挟むように置かれた丸椅子に、ティシアとシェリーは腰かけた。
俺はシェリーの膝の上。
馬車旅で獲得した、定位置の一つだ。
「それで、何か話があってきたんでしょ?」
先ほどまでとは変わり、真剣なまなざしで俺を見つめるティシア。
若干の圧を感じる。これでは動けない。
まるで、ネコに睨まれたカモメのようだ。
一旦話題を逸らして、空気を変えるか。
「ああ。ところで、驚かないのか?
俺がこんな姿になったこととか」
ティシアがわずかに背を逸らし、少々呆れの混じった笑みを浮かべた。
空気が緩む。
よかった、ネコはどこかへ立ち去ったようだ。
これも賢者の魔法のなせる技。
今日の俺は冴えてるな。
ん? 一瞬ティシアのため息が聞こえたか。
「どうせ、転生に失敗したとかそんなオチでしょ?
聞かなくても分かるわよ、それくらい」
うむ。話が早い。
色んな意味で助かるな。
「それより、貴方達の関係の方が気になるかな」
呆れ顔から一転、目元も笑みに変わり、直球を投げ込むティシア。
その目線は、俺ではなくてシェリーに向けられている。
「え? えっと、その……///」
あの日以来久しぶりにシェリーが見せる恥じらいの表情。
だがどこか嬉しそうだ。
その目線は徐々に下へと向かい、
あ。あやとり始めたな。
答えるのは俺の役目か。
「婚約者だ。」
「※!?*♡///」
「やっぱり。色々と納得したわ。
でも、それじゃあシェリーちゃんはまだまだね」
「……え?」
ん? 今、ティシアの笑みが、ふっと奥行きを増したような。
気のせいか。
シェリーはハトが豆鉄砲食らったような顔してる。
「さっき、ルカの眼を隠してたでしょ。
あんなの放っておけばいいのよ。
どうせまた、大きさを見て荷重がどうとか、
肩こりがどうとか言い出すだけなんだから」
「え、でも。モーゼスおっぱい好きだから……///」
……何て会話してんだコイツら。
これが、ガールズトークってやつなのか?
それにシェリーも。
はしたない言葉を使うんじゃありません!
――――――
(そう。私のことは忘れてくれたのね。嬉しいけど、ちょっと妬けるわ)
ティシアは、すべてを見通したような微笑を浮かべて、そっと語りかけた。
「シェリーちゃん。貴女は、本当に愛されてるわ」




