第10話 もう一人の賢者 ~過去の想い人~
ここは渓谷の中ほどを通る山道。
眼下には果てしなく続く谷底の森が見える。
雄大な自然に未来を膨らませ、俺たちは今日も馬車の旅路をゆく。
カモメ姿の俺は、少女の膝上で優しく撫でられ、いつものように目を細めていた。
「この丘を越えたら魔法都市アステロンに到着ね」
「ああ、槍の女神・シェリサンドリカ様も見納めだな。
寂しくなるぜ」
「もう。やめてよ、モーゼス。
あれは黒歴史なの。掘り返さないで」
シェリーの両親に送り出されてはや3カ月。
俺たちは大道芸で路銀を稼ぎながら旅をしていた。
あるとき、シェリーの人間離れした(て見える)槍の妙技と美貌も合わさって、女神と勘違いされる。
これに味を占めた俺は、シェリーに大げさな衣装を着せることにした。
さらに魔法で後光や響などの後押しをし、神々しさを演出する。
結果……
行く先々で槍の女神が降臨する事態が巻き起こった。
シェリー旋風だ。
やったぜ。
「モーゼスってさ」
「ん?」
「賢者とか呼ばれてた割に、やることひどいよね。
ピチピチギャルになりたい変態だし、
必殺技もインチキだし、
私をニセ女神にでっち上げるし」
マズいな。
全部本当の事だから反論できん。
賢者としての威厳を保つには……
誤魔化すしかない!
「シェリサンドリカよ。
賢者として命ずる。
人の黒歴史を掘り起こすのはやめなさい」
「……分かったわ。
見なかったことにしてあげる」
「良い子だ。シェリー、愛しているよ。」
「ありがと。でも、
フリで買えるなんて安い愛情よね。」
などと犬も食わない会話を続けるうちに、魔法都市の外壁が景色の隅に現れて徐々にその大きさを増してゆく。
ここまで長かった。
ついに到着だ。
――――――
その街並みは、球根屋根の建物が立ち並ぶ、独特の出で立ち。
目抜き通りは魔道具店や書店で埋め尽くされ、どこか知性を感じさせる。
この世界では、女性の胸に魔力の器が宿るという。
そんな世界において、国内有数の優れた魔法使いが集うとされる、
魔法都市アステロン。
その一角を、俺とシェリーは歩いていた。
俺は左肩にカモメ座り。
久方ぶりの定位置だ。
「……思ってたより普通なのね」
「いや待て、シェリー。その感想はおかしい。
こんな静かで格式高い街、王国内でも唯一無二のものだぞ」
「え? ええ、そうね。
こここんなまちなみ、はじめてみたわ。
おおちついたふんいきの、すてきなまちね」
珍しくシェリーが慌ててるな。
眼が泳いでるし、どこか呂律が回っていない。
まぁ、何を考えていたのかは大体想像がつくが。
愛しのシェリー。
そんなに慌てるなよ、可愛いじゃないか。
ここは突かせてもらう。
「どこ見てんだよ。まぁ大体想像は付くが。
ここには真面目な目的で来たんだ。
邪念は敵だぞ」
「っ……※!?*♡///」
シェリーの顔は耳まで真っ赤になり、頭からポワッと湯気が立ち昇る。
「……もう……しらない……///」
シェリー百面相は健在。
俺たちは今日も平常運転だ。
反省はしていない。
――――――
俺たちは、アステロン魔法大学の正門と対峙していた。
「ここにアマルティシアさんが居るのね。
どんな人なのかしら。楽しみね」
賢者アマルティシア。
シェリーの両親、剣聖アレスと敏腕盗賊エリュナ、そして俺こと賢者ルカーヴとともに中央の大迷宮を制覇した、もう一人の賢者だ。
4人パーティーで、アレスとエリュナの二人がイチャコラしてる。
その環境で残された俺は、自然とアルティシアに惹かれていった。
しかし、とある事情により俺の想いは成就せず、傷心の俺は自身を誤魔化すように一人旅立った。
あんな事があったのに、また彼女の前に顔を出そうと思う日が来るとは。
だが、俺の逆転生術について最大の助けとなるのは間違いない。
それだけ俺がシェリーに本気だという証拠だ。
ここで躊躇しても始まらない。
まずはアマルティシアに会って協力を仰ごう。
善はハリーだ。
早速シェリーに促す。
「あの、アマルティシア教授にお取次ぎ願いたいのですが」
「貴様は誰だ。名を述べよ。どの様な用件で参ったか」
「アレスの娘、と伝えて頂ければ分かります。どうかお願いします」
「ならん。ここにはな、アマルティシア様のご威光にすがって邪な輩が蟻のごとく群がるのだ。
お前の様な輩がな!」
「そんな…。私、嘘は言ってません。どうか伝言だけでも」
「ふむ(ゴクリ)。
貴様、なかなか見どころのある娘だな。
我に今晩付き合うというなら、お取次ぎを考えても良いかもしれん。
どうする?」
門番の男は絵にかいたようなクズだった。
こんな奴を置いてるなんて、魔法大学は大丈夫か?
それにしても、俺の可愛いシェリーに手を出そうとはけしからん奴だ。
天罰をお見舞いしてやる。
食らえ、土槍。
突如。衛兵の背後から土が盛り上がり、槍の形を成してゆく。そして、衛兵の尻を打ち抜いた。
「アッーーーー!!!」
などと問答を続けていると、土煙を上げて一人の女性が母屋から飛び出してきた。
速い。
あんなに速く走る人間を、俺は見た事が無い。
だが、その姿は知っている。
アマルティシアだ。
――――――
土煙の主は、矢のように俺に飛び込んでくる。
咄嗟に羽ばたいて逃げるも、間に合わない。
シェリーの肩から俺を奪い取り、その勢いで地面に倒れ込む。
一歩間違えば危険なタックルだ。
そして地面に寝そべったまま、俺を両手で抱きしめて頬を寄せる。
「ルカーヴ! 生きてたのね!」
あまりの勢いにシェリーが呆気に取られているが、アマルティシアはお構いなしに続ける。
「元気そうで良かった。
でも、しばらく見ないうちに随分と小さくなったのね。
それに、手触りもなんだかフワフワしてるし。」
アマルティシアが無遠慮に俺を撫でまわしてくる。
この匂い、確かにアマルティシアだ。
俺は図らずともかつての想いを取り戻しかける。
しかし、寸前でシェリーが割って入った。
「ちょ、ちょっと。
ウチのモーゼスに何するんですか!」
そう言ったか否や、シェリーがひったくるようにしてアマルティシアの腕から俺を引き剝がす。
そして、俺を両手で抱き込み、庇うかのように背中を向ける。
少女が久しぶりに見せる、聖母の貫禄だ。
「アナタは……。
アレスとエリュナの娘さんね。」
シェリーを一目見たアマルティシアは、色々と悟ったような顔を見せる。
さっきはバタバタしてて観る余裕がなかったが、約20年ぶりに見るアマルティシアの姿は、かつての俺の記憶と比べても遜色なかった。
場が落ち着いたところで、俺は旧友をまじまじと見つめる。
一見素朴だが整った顔立ちに、野暮ったい眼鏡。
その奥に隠された青灰色の瞳。
そして、髪。
水面のように淡く青を帯びた銀髪が、肩のあたりで揺れている。
昔は腰まであったそれが、いまはきれいに肩でそろえられている。
長さは変わっても、この髪色だけは変わらない。
いつだって、俺の目を引きつける。
そして何より、この表情。
……懐かしいな。
かつて恋焦がれたその姿が鮮やかに蘇る。
だが、更なる回想へと離陸寸前だった俺の意識は、唐突に現実へと引き戻される。
現在の想い人だ。
「お父さんとお母さんのことも知ってる。
それじゃ、この人が」
イカンイカン。
この子を悲しませるところだった。
「ああ。かつての友の一人、賢者アマルティシアだ」




