伯爵令息はモルモットにされる
一作目の婚約破棄された令息
「やあ、待っていたよ。シュダル・コカリスくん」
辺境伯に婿入りして跡を継ぐはずだったシュダルはいきなり父に殴られたかと思ったら婚約を破棄されて処分が決まるまで謹慎させられていた。
何をすればいいのか。どうして自分が謹慎されているのか理解できない状況だったが、ある日いきなり馬車に乗せられてどこかに連れて行かれた。
と思ったら白衣に身を包んだ瓶底眼鏡を掛けた女性のいる大量の本が置かれた場所に連れてこられた。
「ここは………というか、あんた誰だよ」
いかにも胡散臭い。不気味な女だ。
「ベルローゼ・アインシュタイン。聖女を研究している狂信者だよ」
「ベルローゼ……」
聞いたことがある。歴代の聖女の研究。聖女の歴史研究の第一人者。
聖女はただ崇めるものであればいいという神殿からすれば不愉快な存在だが、彼女のおかげで歴史の影に隠れていた聖女のことも判明しているし、だいいち、彼女がおおよその予想を付けたことで聖女ミナが発見されたのだ。
「そのベルローゼ博士がなんで俺に……」
「んっ? 今回の騒動でやらかした男性陣をモルモットに欲しいとお願いしたら君の父上が下さったんだ。それだけの理由だよ。他の面々も欲しかったけど、さすがに王族は駄目だって言われてね~」
あっけらかんと告げると、
「さて最初は血液を採取しようか~♪」
何処からともかく注射針を取り出し、こちらが抵抗するまでもなくぷすっと腕に刺された。
「うん。協力感謝♪」
「いや、無理やりだろう……」
身体を鍛えていたはずなのにどうしてこんなあっさり注射されているんだと自分のふがいなさに落ち込む。
「わざと負けてきたから身体に負け癖が付いているんでしょう。情けないね~」
「ぐっ!!」
先日元婚約者に叩きのめされたのを思い出してしまった。
「うん。血液も元気そうだ。――聖女に何回治癒してもらったの?」
試験管の中に血液を入れて振りながら尋ねられる。
「えっ……。確か……」
思いだそうと指折り数えるが、あまり覚えてない。それくらいの回数がある。だが、
「殿下の方が多かったんだ」
なのにどうして自分がここに……。
「あ~。やっぱ、研究経過の報告書。読まれたか~」
資金協力を求めて動いた時にやられたな~と忌々しいというべきか迂闊だったかというべきかという態度でぼやくのが聞こえる。
「んっ?」
どういうことだろうとついベルローゼを見ると、
「聖女の治癒を何度もされている人の子孫が聖女になる率高いのよ」
などと言いだしたのだ。
「歴史書を見るとかつて聖女の生命力を引き換えに治癒をしていたんだけど、その頃の聖女は【聖女】という一族がいて、その聖女の一族の中から突然変異で生まれる流れだったのよ。だけど、聖女エリシオンが亡くなると聖女は100年以上空白になり、それから聖女の一族以外の聖女が生まれるようになった」
これが資料ねと渡されたのは古代語の巻物。
「回数制限になったのはそれからで、我が国からの発生が多かった」
「だから、我が国が優位になれたと言うことは聞いている」
それは覚えている。
「うん。そう。だけど、我が国以外も少数だけど聖女は生まれる。調べていくと面白い事実が判明した」
代々の聖女の名前が書かれた書物。
「当初聖女は貴族が多かった。だけど、我が国で自然災害。魔獣暴走などが起きてからは庶民の聖女も増えてきて、隣国にも現れた」
「そう言えば、そう聞いたような……」
ミナの護衛を兼ねる時に説明を受けたが、右から左に受け流していたから忘れていた。
「それがなんでだろうかと気になって調べたらさ。もう出てくる出てくる。聖女の出現確率の推測」
ついついのめり込んでしまったよと笑っている様が不気味で、
「何が言いたい」
警戒しながら睨むと、
「おや失礼」
全然失礼だと思っていない態度だ。
「――聖女は、聖女に治癒してもらった者の子孫から生まれるんだよ。まあ、そこからより細分化するのはまだまだ先だけど」
その発見を心底嬉しそうに愉悦じみた嗤いを上げるベルローゼ。
「王族もうすうす感づいていたのか。回数が多い聖女の傍に聖女好みの男性を配置するのは流石だよね。まあ、今回は辺境伯令嬢が動かれたから予定よりも早く処分という名目で囲い込んだみたいだけど。王族の身体も確かめたかったけどね~」
残念とお手上げというポーズをとり、そんな信じられない事実を伝えてくる。
「嘘だ…………」
王太子の側近として、ミナの護衛も兼ねることがどれだけ誇らしかっただろうか。自分は選ばれたんだと。
家督を継ぐ長兄。
長兄を支えることを誇らしそうにしている次兄。
辺境伯の婿という誇らしい立場だが、都落ちにしか思えない場所にやられる自分が虚しかったが、聖女の護衛という立場でそんな兄たちに勝てると内心思っていたのだ。
なのに、それが王家が自分を利用しようとして配置したのだったら。
「何動揺している。聖女の護衛をしても聖女の好意を表面上受け入れて、そっと距離を置けばいいだけだろう。――君の同僚はそれを実際行っていたようだしな」
「………………」
確かにそれをしている同僚もいた。逆に忠告して飛ばされた者も…………。
「聖女に治癒されて抗体が出来る。だけではなく、遺伝子が聖女が誕生しやすい作りに変化するのか。それならば普通の人と異なる何かがあるのか。非常に興味深い。ああ、君を通して聖女の神秘性に迫れるなんてなんて幸せなんだろう!!」
理解できないことを次々と告げてすぐに研究を始めるベルローゼ。
「ははっ」
そんな彼女を見ながら虚しい笑いが込み上げる。
「父に殴られるわけだ……」
こうやって利用されるのを察しなかった。危機管理意識を持っていると信じてもらっていたのにこのありさまだ。
何も知らされていない状態なら教えなかったと父を責めれたが、聖女の歴史は学べる立場で説明もされていたのにこの体たらく。
そんな自分が情けなかった。
一日の始まりは採血から始まる。
「もっときちんとした設備があればもっと詳しく調べれたのにな」
残念そうに呟くが、それでも何か変化があるのかいつもメモに書き写している。
「丈夫な身体は食事からだ」
家で食べていた食事とは雲泥の差だが、栄養がしっかり整った食事を用意されて監禁もされずに外にも普通に出してもらえる。
ただ四六時中観察されて記録を取っている目があるだけだ。
「偶然でも、面白い結果だ」
その日。ベルローゼは歴史書をいくつか同時に読んでいた。
本が傷みそうだなと思ってはいたが、もともと本に興味ないので関係ないかと注意をしないでいると。
「シュダルくん。面白い本を見付けたよ」
見てくれたまえと本を見せられるが、全く読めない。
「どこの国のだ? 字が分からん」
「ああ。そうだったね。これは我が国から遠く離れたところにある国の学会で発表された研究なんだけど……。この研究者は我が国では追放されている人なのだよ」
踊るように本を持っているベルローゼは、
「聖女は治癒回数が極端に少ない聖女とかなり多い聖女の二極化している場合があるけど、回数が少ない聖女は医学や薬学。基礎体力増強。料理などで人間自身の能力の強化に貢献している事例が多いと。これによって人間が停滞しない。進化をしているという研究だ」
「………それで?」
「逆に治癒回数が多い聖女が生まれるとその孫世代あたりに聖女が多く出現する。――治癒回数が多い聖女は聖女の数を増やすために送り込まれるのではないか。と」
「………………」
「それは神殿からしたら都合の悪い研究だったのだろう。我が国では禁書扱いになっている」
「なっ!! そんなの持っててやばくないかっ!!」
普通に禁書というんじゃない。犯罪だぞ。
「分からないのかい」
本を閉じ、理解力のない子供に諭すように、
「聖女を人工的に作れる。そう述べているんだよ」
この研究は。
「聖女ミナを探す時におおよその研究は集まっていたから予測できたが、この研究結果を考えるとかつて聖女の一族を囲っていたように聖女が生まれる候補の家を絞れる。――じゃあ、ワタシの次の研究に進められるか」
「次の研究……?」
嫌な予感がして身構える。だけど、そんなこちらの動きをして、
「気乗りしない相手にはしないよ」
安心したまえと気軽に伝えてくる。
「はぁ?」
いつもならそんなの関係ないとばかりにぐいぐい来るのに拍子抜けした。
それに流石にこちらを気遣うような視線を向けてきたからなおさらだった。
「拍子抜けと言うか……なんだろうな……」
いつもと変わらない日々。朝血を抜かれて、栄養のある食事を用意されて、いつものように鍛錬をする。
ただ、ここ数日研究の発表をしないといけないとその書類の作成で部屋にこもりきり、様子を見に行くと一心不乱に書類を作成している。
「次の研究ってさ……あの研究結果とか考えると……」
子作りとか。
「あの性格なら女を宛がうとか。自分が聖女を生むとか言いそうなのに……」
倫理観があったのだろうか。
「そんなのあるか……? あのベルローゼ博士に」
研究のためなら倫理観を捨てていく気がするが……。
そんなことを考えていたら、ベルローゼの研究所に馬の蹄のような音が近づいてくるのを耳が拾う。
(……なんだ?)
警戒してしまうのはあのベルローゼの不用心ぶりを何度も見せられてきたから。それに彼女の研究を王家が奪っていたというのが気になったからだ。
そっと伺うように入っていく存在をこっそり確認して、気付かれないように別の入り口から中に入る。
「おや、王直属書記官くんではないか」
「陛下から伝達がある。――ベルローゼ・アインシュタイン。此度アルトサックスが無事娼婦を三人妊娠させたと」
「おや、よかったじゃないか。王族から聖女が誕生すれば、王族の地位が高まるだろうね」
「ついては、陛下からその娼婦から聖女が誕生する確率を高める方法を研究できているのなら報告しろとお達しだ」
物が高く積み上げられている研究室の一角で、机に足をのせて研究資料を読んでいるベルローゼとそんな彼女の傍でどこまでも礼儀正しく命令書を見せつけてくる書記官。
「…………そう言えば、王族は聖女を取り込もうと代々の聖女を王族に嫁がせていたね。聖女の転換期では聖女が生命力を使って治癒する化け物だと思って聖女が王族から生まれることを忌避していたけど」
時代って、変わるもんだね~。
おちょくるような言い方に書記官が苛立ったようにベルローゼを睨む。
「なんで使者じゃなくて書記官くんなのか。まあ、気になるけど、まだ憶測なのでメモ書きもないよ。残念だね~」
さっさと帰った方がいいよ。
犬猫を追い払うような仕草をして追い出すベルローゼ。
「やれやれ、人のメモを盗み読みできそうな人材を送り込むなんて……王家も油断できない。――と言うことで、君の元主君は元気そうだよ」
「なんでここに居るのを……」
気付いたのかと隠れていた場所から出て問いかけると、
「いや、気になるだろう……」
それくらいの機微は分かるつもりだよ。そんなことを告げて、
「まあ、君に会わせなくてよかったよ。君が元主君に思い入れがあるのならすぐに彼に会いに行こうとしただろうしね。――そしたら、王家の思い通りになるしね」
「王家の思い通り……?」
意味が分からないと首を傾げると。
「まだ、憶測段階だけど………たぶん。君の子供と君の元主君の子供が子供を作ったら聖女が生まれる確率は高くなるよ」
「なっ⁉」
「それとも、君の元主君の子供と君との間に既成事実を作ったら聖女が出来るか確かめようとするかもしれないけど、子供同士よりも聖女の治癒を受けた者と作らせた方が確実かもしれないしね」
「………それ、報告しないのか」
気になってしまった。その方が研究になるのではないかと思ったのだ。
彼女にとってはそれは一番の楽しみだろう。
「う~ん。してもいいけど」
そこまで呟いて、ベルローゼは迷ったように視線を動かして、
「どんな相手がいい? 君の希望を聞くけど」
そこで自分のことを上げないのは研究対象としか思っていなかったのかとなんかショックだった。誰かではなく、自分がと名乗り出てくれないのかと。
「――じゃあ、あんたがいい。と言ったら」
誤魔化すようなそれでいて本気の問い掛け。
「はいっ?」
意味が分からないという感じの声が漏れていたが、
「【はい】と言ったな。なら、あんたがいい」
あえて、是という反応だと言うことにして近くにあったベッドに押し倒す。
「はあぁぁぁ!? ちょっ、ちょっとまってっ⁉」
「またない」
待つつもりなんてない。
「だから無理だって!! アタシの血を引く子供は聖女になれないんだからっ」
「そんなの分からないだろう」
「分かるよ。――だって、アタシの一族は最初の聖女の一族の血が流れているからね」
額を叩かれる。
「えっ……」
とんでもないことを聞かされた。
「アインシュタイン。最初の聖女の子孫。かつて命と引き換えにして治癒をしたことで神が救出した一族。あの悲劇を繰り返さないためにアタシの一族からは聖女が出ないようになっているの」
「………………」
「聖女の治癒を受けた者の血を入れても同じなんだよね」
「……聖女の末裔なのに聖女の研究をしたのか」
意味が分からない。
「そりゃするさ。人を癒したいという聖女の心を尊重するし、敬意もある。だけど、聖女の治癒のみに頼った世界は破綻する。だけど、聖女の中には時折、治癒以外の何かで世界の技術を進化させる存在がいる。調べてみたいと思うのは当然だろう」
興味が尽きないとばかりに告げる眼差しはきらきらと輝いている。その眼差しに心奪われる。
ああ、そうだ。いつだって、その目に惹かれているんだ。他の女性と子作りを考えるのも嫌になるくらい。
「そっか」
「そう。だから、希望の女性を」
「なら、俺はますます父たちの期待を裏切るな」
騎士として役に立たなくなっただけではなく、未来の聖女が生まれる可能性を潰すかもしれないが。
「俺は相手を選べるならあんたがいい」
「物好きだね」
呆れたように言われるが事実だ。
「ああ。だから」
家族の期待を裏切った。騎士としても役に立たない。愚かな自分。
「本当に最初の聖女の末裔が聖女にならないか試してみたらどうだ」
今も期待を裏切っているが、ならばせめて好きな女性の研究対象になってみるのも一興かと思ったのだ。
「――いいね。乗った」
目を輝かせて笑うベルローゼ。どういうメカニズムでなるのか研究しがいあるよと呟く様を見て、狂っていると言われるかもしれないがこれが自分の幸せだと思えた。
ベルローゼの名前はベルばらの読み方を変えたらいい響きだなと思ったから。




